時々さ、ガツンと落ち込むよな。原因は何となくわかっててもどうすることもできない。
そんな時はさ、自分以外がみんな幸福に見えて仕方ないんだよな。そして自分より不幸な人間は居ないって感じるものだ。
時々さ、何で自分は生きているんだって思うんだよな。つまらない思いを抱えながらこんな無意味な娑婆にいたって仕方ないんじゃないかって思えることがある。
何が幸福で何が不幸かなんて、結局わからないんだけど、なにか自分には足らないって感じることがあるよ。焦りにも近い不快なモノだ。
知らない他人と比較してるからかな。高そうなクルマに乗って隣にキレイな姉ちゃん乗っけてブイブイ言わせてる奴らを見かけると、一瞬でも妬み嫉みを感じるが、その「一瞬」だけを見てソイツがホントに幸福なのかどうかは全くわからないもんな。ただカッコつけたくて借金して無理にクルマ買って、姉ちゃんなんかネコみたくどっかからこれまた「借りてきた」のかも知れないし。どうせ「真実」なんか知る由も無いんだから。
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自分は、傍からみても不幸不遇をくぐってきたほうだ。出来ることなら失った貴重な時間を返してほしいと思うが、それがあって今の自分が出来上がっていることも事実だから、これも一概には「俺は不幸だった」って言えない。言ってしまったら、それこそ「完全自己否定」になるからね。
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別にしたきゃ完全自己否定してもいいけど、そこで残るのは空虚な思いだけ。そんなものを抱えていても辛いだけ。生きていてタダでさえ辛いのなら、その上乗せをしても愚かだし無意味だ。
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どうせ数十億円数百億円何千億円持っていたってあの世には持っていけないし、最愛の伴侶や身内が居たって結局いつかは死が互いを分かつ。どう頑張ったって、現在の「自我」を持ってこの世に居られるのはわずか数十年に過ぎない。あと50年も経てば、自分と同世代はほぼ全員鬼籍に入ってる。基本的に人間は常に「孤独」だ。
でも・・・ひと様とはいろんなモノが違う自分でも、あと一度くらい、生きててよかった人間やっててよかったって思えるような「経験」をさせてもらいたいなって思っても、神様とやらに怒られる筋合いはないよな・・・
この先、生きていてそんな千載一遇のチャンスが与えられるのか、皆目わからないが・・・
この際、グダグダ言いながらも
「生きてやるさ。」
