春分も近くなり、梅の花から桜の花へと移り変わろうとする時期だ。
あらためて、「これから自分はどうなりたいのか」を考えている。
・・・そうなんだが・・・
日常に追われ年を経る毎に思考を停止することが増えてきているかも知れない。
「引き寄せ」という言葉がある。法則になっているともいう。
こう書くとなんだか胡散臭くなるのだが、書籍だけでなく自分の身近にも実例があるし、何より自分自身も経験しているから多分間違いない。
ただ、うまくいくこととそうでないことがあるのは何故だろう。法則なら手順を踏めば必ず「作動」するはずなのに。
・・・ということは、ある願望にはきちんと手順を踏めるのに、とある願望にはそれができないからなのか。
分野ごとに得手不得手が個人差としてあるのかな。
これが、一般的に人生における「重要事」だとされる仕事や結婚といった事柄について引き寄せが「得手」な場合は「恵まれたじんせい」になるのかな。
で、それこそどーでもいいような物体とか事象とかは引き寄せるのに、上記の事柄についてはからっきしダメだと「苦労が多いじんせい」になってしまうのか。
・・・
まあ理不尽なことだ(苦笑
でも確かに居るもんな。仕事は恵まれてるのに異性関係はまるでダメとか、その逆とか。稀に両方ともイケる奴も居るが、そういう奴も変なところで相応に苦労してたりする。
自分はどうなんだと問うてみる。
・・・
お金以外の欲しいモノは大概手に入っているなあ。ちょっと大きなモノでクルマとかバイクとかPCとか。
中古でクルマ探せばなぜかレア車の最上級グレードが自然に手元にやってくる。PCはこないだ現行の最新パーツで組んだばかりだ。やることは変わらないのにi7なんか超オーバースペック(笑
それこそ小さなモノは気にしていないだけで不自由した記憶がない。「おまんまのくいっぱぐれ」なんてこともない。ありがたいことだ。
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でも、それ以外のことで、ひと様よりも強烈に辛い思いをさせられたことが多いのも事実ある。
「モノを得る」以外の分野ではあまり恵まれなかった。「若い頃の楽しい思い出」なんてものは無い。悲しく寂しい思いを抱えることばかりだった。いわゆる「リア充」が心底羨ましかったし、妬ましかった。
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そう思うと、変なところでバランスが取れている、ということか。
これからの人生がどうなるかわからないが、そろそろ「モノ」の分野以外でも充実させたいよな。
もしかすると、お金だとかも自分がレア車を求めるような気持ちでいると、勝手に入ってくるのかもなあ(笑
もういっぺん、「引き寄せ」ってのを勉強してみようか。
