ZZE123型「カローラランクスZエアロツアラー」の6MT仕様が手元に来てから早や数ヶ月。

ようやく身体と心がこのクルマに慣れてきたようだ。週一しか乗れなかったから無理もないか。


あらためて、カローラと名がつくこのクルマのポテンシャルに驚く。欧州ではカローラと言えばこの5ドアハッチバックのランクスが定番だった。

ともかく、2ZZ-GE搭載のZエアロの走りの実力は今でもトップクラスだ。却って燃費対策で牙を抜かれた最近のモデルよりもわかりやすくて良い。

・・・

知ってるひとは知ってるが、知らないひとは全然知らないカローラランクス。どうせカローラだろとか言ってバカにしてる奴もいるが、そういう奴はカローラに乗ったこと無いんだろう。誰が何と言おうと、時代に合わせてあの価格であれだけの性能と質感を持つカローラは名車なんだよな。

自分はトヨタ信者じゃないけど、今までいろんな国産車を乗ってきた結果得た答えだ。


自分もやっと、ああいった「懐の深い」クルマ、ランクスの良さが少し分かるようになってきたかな。

乗れば乗るほど味が出てくる、スルメみたいなクルマかも(笑


ちょうど今はドライブに最適な時期だ。この辺りでも桜はもう満開に近い。ちょっと郊外に出て、咲き始めの桜を探すのも一興だ。


愛車「軽バン」とは正反対の魅力を持ったコイツを駆って、ちょっとひと山越えて走ってこよう。



すっかり暖かい。何てありがたいんだろう。

こないだまでの寒さは、これで帳消しになるんだな。


雨が降らないから空気が乾燥してるけど、黄砂が飛んできてクルマがドロドロになってても(笑)、それでも春は良いものだ。


さて、今頃になって古いラジオを引っ張り出してきて聴いては遊んでいるが、今は安価なラジオなんて国内メーカーはほとんど作っていない。短波ラジオなんかなおさらだ。


格安ラジオといえば、量販店とかで売ってるいわゆる「中華ラジオ」になるのだが、ついこないだまで安かろう悪かろうの代名詞だったこれが随分と変わってきたようだ。


数日前に「在庫処分品1,500円税込」で刈ってきたラジオがある。オーム電機が発売している「RAD-S512N」という短波ラジオだ。中華ラジオのOEMだが、今のところこのあたりが短波が聴ける最安モデルじゃないかな。

・・・

こんなモノでもしっかり短波は入るから面白い。ラジオNIKKEIなんかはそれこそPCとかでradikoを使えば綺麗な音声で聴けるが、北京放送の日本語版や半島からの日本語放送なんかは短波ラジオならではだ。こないだはロシアからの放送が聴けたので面白かったなあ。ワケわかんなかったけど(笑)


若い頃(笑)は、ラジカセで地元のFM番組をよく聴いていたことを思い出す。CDなんてまだ無かったし、レコードプレーヤーもそこそこ高価だったので、FMから流れてくる好きな音楽を一生懸命カセットテープに録音してたことが懐かしいよ。

余談だが、CDやDVD、BDといったデジタルの光記録媒体はたぶんいつかは規格ごと無くなるだろうが、カセットテープやHDDのような磁気記録媒体はきっと無くならないだろうな。


デジタルTVも良いが、やっぱりアナログラジオが好きだ。何ともこれには温かみがある。


もうすぐ4月だ。桜が満開になる春本番。何だか楽しみだ。


3月後半、年度末も押し迫って世の中が無駄にバタバタしているのがわかる。


学校も春休みに入っているところも増え、街に子供が繰り出してきているな。

今日からしばらくは寒の戻りだから、数日間はとくに朝晩が寒いだろう。この間に風邪などひかないようにしないとな。

・・・

大陸から黄砂が飛んできている。せっかくクルマを洗っても、ひと雨降れば元の木阿弥だ。

それでも綺麗にしておくことに越したことはないから、ヒマを見ては洗ってやるんだけどね。

・・・

今年は原付カブを廃車にしてるから、暖かくなったら自転車だ。でもタイヤの空気が抜けててそれこそ未整備だからなあ。

・・・

こないだ機種変してきたケータイがどうも使いにくい。慣れもあるだろうがやっぱり相対的に性能が下がっている。国産といえど、従来までのコスト一辺倒な製品作りの弊害がここまできてるんだ。クルマもそうだが、最近の「新品」にはてんで興味がわかない。どうみても10年前のほうが出来が良いからだ。

やっと景気が上向きかけているんだから、この機に従来のような品質の高い国産製品を復活させてほしいなあ。

・・・


今あらためて思うが、自分にとってこの10年は「失われた10年」だと思っていた。実際、多くのものを失った。それなりに苦労して手にして、これからもずっとあるだろうと思っていたものが、あれよあれよで一旦全て出て行った。

・・・・

もうずっと将来なんか全く見通せず、何から何まで絶望して日々自暴自棄になっていた。それに伴い加速度的に状況が悪化していった。今考えると、よくそんな状況をくぐってきたもんだと我ながら思う。極悪な体調のなかでも負けたくなかった。絶対にこんな試練に勝ってやるって思ってたな。


そんな状況にも必ずターニングポイントがあるのだが、それが約半年ほど前のこと。今でもまだどん底期の残滓があるとは言え、良い意味で予想だにしていない状況が訪れそれに対応しているのが現在だ。


なんでもそうだが・・・

「同じ状況」は「ずっと続かない」のだ。必ず極まった後に反転する。良くも悪くもだ。それを自分の人生で身を以て経験した今、人生に於いてそんなに怖いものは無くなっていることに気が付く。生き易くなっていることに気が付く。


一休宗純が「遺言」で言ってたよな、「心配するな、何とかなる」って。ホントにそうなんだって思えるのはもっと年を重ねた後かも知れないけど、今の時点で何となくそうかもなって思えるようになったなあ。


自分の人生の成り行きを良きものと信じ切っている、とまではまだいかないが。

でも何だかいつも「大丈夫だ」って言っている根拠のない「何か」が、今は自分の中にあると思うんだ。

・・・

自分の人生なんだから、どうせなら全て納得がいくようにしたいじゃないか。他人が何を言おうとも、無責任なソイツが俺の人生を生きてくれるんじゃないんだからさ、他人の見解なんか知らんくらいでちょうど良い。

そんなことに気が付いただけでも、儲けモノってなもんだよ。