と、やっぱり思うのだけど、それは間違いなんだろうか。
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あちこちのブログや書籍でも見てると、「人生には希望が満ちている」とか「人生は自分の思い通りだ」とか恥ずかしげもなく吐いているのばかりだが・・・
この作者だちはホントにそう思っているんだろうか。ホントのことを書いていないんじゃないかとさえ思うが。
こう思う、一番の原因は一部の成功者に対する「猜疑心」だな。増してや潜在意識を使って金持ちになったとか仕事で成功したとか、自分の経験からしても到底信じることなんかできるわけない。
まあ自分の経験とか言っても、わずか数十年もない。それだけでこういったモノを否定してもそれはかなり狭い了見だということくらいは分かってる。
しかし、いつまで経っても苦しい「現実」が消えないのはなぜだ。変わらないのは何故だ。万物は流転するとか言うくせに、じゃあ自分にとって嫌な状況はなんでいつまでも流転して消えていかないんだ?
おかしいじゃないか?なにか間違ってるか?フォーカスを外せ?なんで潜在意識の使い方にコツなんか要るんだ?
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いい加減、スピだか何だかはもうすっぱり諦めて、神仏含め全否定して、全部捨てて逃げ出そうかなあ。
宇宙的に俯瞰すると、一人間の生なんかに元々意味も何にも無いんだから、俺の人生くらいどうなっても別に良いかなあとか思うし。人生を棒に振ったところで、だからなんだってなもんだ。
いつかどうせ死ぬんだからさどんなに何かを残そうとも。仮に何か残したって、数十億年経てば必ずこの惑星ごと跡形なく消えるからさ。
こう言うと「いっそ生まれてこなければいいとでも言うのか?」とくるが、全くもってそのとおりだ。人生に無駄は無いとか言うが、それは違う。人生そのものがそもそも大いなる「無駄」なのだ。仕方ないからヒマ潰しにみんな「仕事」やら「遊び」やらに現を抜かして数十年間をやり過ごすんだよ。
経験を蓄積することに価値があるともいうことがあるが、それは人間が唯物的なものであればそうではない。なぜなら死ねばそれは自動的に無になるからだ。まだ人間の魂が不滅である確固たる証拠事実がない以上、経験の蓄積でさえ価値があるとは到底言えないのだ。
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この際、洋の東西を問わず神仏系は全否定。天使とやらの眷属系の存在ももちろん全否定。信仰なんか絶対に持たない。さらに自己啓発系の潜在意識とかも全否定。ここまで徹底的に否定して、それでも見えてくるものがあるとしたら、それはなんだろうかな。
