アラフィフ主婦りりぃです

2022年3月に

カニンヘンダックスのりんちゃんを

お迎えしました。

どんな状況下でも

その時々にできることを楽しむこと

日々あったことや嬉しかったことを

日記的に綴ったブログです。

どうぞよろしくお願いしますウインク




  6月26日 水曜日


昨夜23時頃に寝た父。
2時半頃トイレに起きてきて
そのまましばらく
台所の椅子に上半身裸で座ってたので
声をかけた。


「汗かいたなら肌着、着替えよう。」
と着替えを少し補助し
「なんか飲む?」
と冷えた麦茶を出してしまったりりぃ。
飲んだは飲んだけど
「ちょっと冷たい」と言われ
あぁ、高齢者には常温麦茶の方が
いいのだと反省。



部屋を見に行ってみると

寝苦しかったかと思われる布団。


分かる。

私も夜中なんか変な夢を見たし

身体中が熱くなり暑い‼︎と目が覚めて

意識して深呼吸をしながら

身体を整えていたもの。

それだけ

母の手術前夜というのは

相当なストレスが加わっていたんだと

思われる。



身なりを整えて

父が布団に入るまで見守る。
(朝、3時半過ぎ)


私も
細切れの睡眠で
心身を休ませながら
体調を崩さないようにと気をつける。


15分横になる、
たったそれだけでも
全然違う。



...



朝7時過ぎに目を覚ました私。
台所に行くと
父は既に起きてて身なりは整っていて
外に出ようとしていた父。
「おはよう」
「おはよう」
「早いな。どこ行くん?」
「表、行ってくるんや」


いつものお掃除に行くんだなと思った。



ちょっとしてから見に行くと

やはり掃き掃除をしている父


わたしもつい

鳥がフンを落としているのが気になって

タワシと水を持って行って流す。

いつも母が電話で言っていた、鳥のフンのこと。




裏のところで気になっていた箇所も

朝からお掃除。

水捌けが悪く苔が積もってて前に私が少し滑った


なんなんだろう??
こういう大事な局面で
やたらと掃除をしたくなるのは?!
本能なのかなぁ〜。



そして
りりぃの掃除好きは
父譲りだと
改めて気付く真顔
(父ほどではないが)



辺りが綺麗になって
二人して家の中に入る。



いつもと変わらぬ朝ごはん。



果物もたくさん用意して

今日の母へのお見舞いフルーツは

桃🍑とデラウエア🍇とオレンジ🍊



私の果物好きは
両親譲りだなぁと
ここでも改めて思うほっこり



雨が上がっている隙に
スーパーに買い物に行く🚲



お昼ご飯には
のり巻きを買ってきたので
それを食べて
父は家で留守番、
私のみ母の病院に行くことに。


父は
「お母ちゃんが可哀想だから
今日は行かん。
顔見たら涙がでる。
少し落ち着いてからお見舞いに行くわ」と。



本人がそう言っているのだから
そうする。



母に前日
「明日も来るけん。
お父さんも連れてくるかも知れんけど
ちょっとハッキリは分からん」
と言ったら
「こんでええ」
と😅


今日は行かなくていいのだろう。


...


りんちゃん、午前中はへそ天にて爆睡大あくび


この日は
お姉ちゃんが泊まりの研修のため
帰りからは息子にバトンタッチされる。
りんちゃんにとっても
犬生でなかなかのイレギュラーな
1日。



今回のことで、
りんちゃんは留守番時間が増えているのだが、
不思議なことに
今の方がりんちゃんの皮膚状態なんかも
すごくいいみたいで、
娘にしても私にしても
今まで以上によく動いて
健康的な生活をしているからか
私も娘も
すこぶる肌の調子がいい(笑)



娘ちゃんのダイエットも
順調のようで
私の方は
少し体重落ちているけど
許容範囲。

...


お昼を前に
父が
「やっぱり行った方がええかの?
お母ちゃんに、私が手術するのに顔見せにも
こんかった、って言われるかの?」
と。
「行くなら一緒にいこう。
行くか行かないかはお父さんが
決めたらええんよ」
と答えたところ
しばらく考えて
「やっぱり家におる。可哀想やから」
と。


これから全身麻酔で手術に向かう
母の姿を見るのは
父にとって
耐え難いものなのだろう。


『翌日なんかは熱が出たらいかんし、
何日かしてよくなってからいく。」


と父が言った。



揺れる気持ち、すごく分かる。
お母さんのことを
考えてあげてるんだよね。



そして、お昼ご飯の用意をし
置き手紙を書いて

父に声に出して読ませる。


転ばないこと!!!
が何故か
転ばぬ先の杖!!!
に変換されてた😅


ん?どういう意味だ????🤔



出かける前。



父からは
『なんかあったら電話してくれ。
無事終わったんなら
そのまま帰ってきてくれ。』

と言われた。



前に病院からの帰り道、

心配してるかもと電話を入れたことがあったが

"電話は何かあった時にするもの"という

認識なんだなと。

常々、

『なんかあったら電話する、

電話がないのは良い知らせ』

と言っていた父。




いろんなことが学びだ。




細かいことだが

石鹸がなくなってるのも補充。


ないことに気付き、

どこに新しい石鹸があるのか

探し回って

下手に動いて怪我でもされたら

目も当てられない。

そもそも石鹸の在処を知ってるのかどうか




全てを準備して、再度

「とにかくお父さんは転ばないこと!」

と念を押すと

「今日は外は出んと家の中でおる」

と。



じゃー行ってくるね。と

家を出た。




...



13時から19時が面会できる時間帯で

母の手術は13時からを予定。

前の患者さん次第で

早まることも遅くなることもあると

聞いていて

私が病棟の詰め所に着いたのは

12時42分。




『お母さん、12時40分に

出られました。』



😓😓😓

タッチの差



まーじゃー次は

主治医からの終わりましたの電話を待つのみ。




これから3時間ほどの時間を

どう過ごそうと考えて

まずdocomoの店舗に歩いて行く🚶‍♀️


この辺りで徒歩の人は
ほとんど見かけない。


レンタル携帯みたいなものがあったら
携帯を持たない母との
連絡手段として
いいのになぁ…と思って聞いてみたのだが
ないとのこと。


これから約2ヶ月くらい
リハビリが始まるのだが
まぁ、動けるようになれば
公衆電話も使えるようになるだろうし
とりあえずは携帯はなし。



隣にドラッグストアがあったので

自分の日用品を購入。



それから病院に戻るのだが

お腹が空いたので

レストランでたまご丼を食べる。


頭も体もよく動かしているからか

やたらとお腹が空く。

あっという間に完食。




そして

アイスコーヒーでひと息。


母はきっと頑張っている時間帯。

がんばれ、お母さん‼️




3時を前に血圧を測ってみたら

正常範囲内だった。



先週金曜日、

転院、ステント、私への告知があった日⇩


身体は正直だ。




母を待つ間に、手紙を書いた。



.

.

.


15時半頃

オペ看さんが私のところにやってきた。



「お母様、無事に手術を終えられて

目も覚まされました。

これから主治医から

直接お話がありますので

このままお待ちくださいね。」




目を覚ましてる🥹

良かった〜〜。




でも

手術の結果はどうなのか?

良好なのか?

なにか問題あるのか??




先生の説明を受けるまでドキドキ。




レントゲンの写真を見せてもらいながら

説明を受けた。



先生の言葉で

"痛みと、筋肉と、やる気"

回復具合に関わってくると言われ

痛みは皆同じようにあるとして

筋肉はこの2週間ずっとベッドの上💧

かなりの筋力低下が想像される。

やる気はどうだろう??



でも

"よくここまで放置してきたね…"

と言われるくらい

痛みを我慢してしまう母なのだから、

リハビリの辛さも乗り越えて

なんとか自分のことは自分で

できるレベルに

なって欲しいと願ってしまう。



リハビリって

限界線があるらしく

長くやったからと言って

少しずつ良くなっていくという話では

ないらしい。



ある程度2ヶ月くらいやったら

もうそこが限界線。



手術の翌日からは

どんどん歩いていいらしく、

母は一体

どこまでやる気を見せて

くれるのだろうか。




次の大きな課題も

待ち受けているから

母が

どんな選択をするのか。



.

.

.



術後の母に会う。



『お母さん?分かる?』


閉じている目を開けて…


『りりぃ??りりぃちゃん??

あぁ、りりぃ〜〜😢😢😢』


『うんうん、頑張ったね!

よく頑張ったよ!!』



本当は水を飲みたかったようだけど

水分はまだ摂れないらしく

でも痰?唾?を出したいから

何回も自分で口から出しては

私がティッシュで取ってあげた。




持ってきた果物は

食中毒とかになったらいけないからと

NG🙅‍♀️




看護師さんが処置しているのもあって

『また明日来るからね!』

と言って

部屋を後にした。



...



帰るのに乗り込んだタクシーは

先週金曜日に乗った

タクシーの運転手さん!びっくり



『あ、お父さん、私、先週お父さんの車、

乗ったよ‼️』


『え?どこまで??』


『〇〇まで』


『あぁ〜〜!』



と覚えててくれたのか

またまた車中では

その運転手さんの楽しいお話を聞く♪



その方の話は

多岐にわたって面白い話が多く

家族のことや

パチンコのこと(めっちゃ強い)、

仕事のことから

旭川刑務所のこととか

↑これはYouTubeで見たらしい。

おんとし83歳。




...



家に着いて

父に無事終わったことを伝える。




父がどこまで理解できたか。

それもよくは分からない。




でもひとまず

手術が無事に終わったことには

一安心。

これからリハビリだね、と。



そして

こんこんと

"転ばないこと"を話す。

転んで頭を打ったら、とか

転んで足の骨を折ったら、とか

"高齢者が転ぶと病院から出てこれない"

といわれる具体的な意味とか、

どうすれば長生きできるのか、

やっぱり自分の口から食べられるのが

大事とか、

胃腸が強いと長生きするとか、

元気で長生きしている人は肉が好きとか。

とにかく

転ばないこと




この日

父が自分の部屋に行ったのは

24時半過ぎだった。





20時40分

息子氏、帰宅。

りんちゃん、やっと夜ご飯。

こんな遅くまで待ってたのは初めて。




そして

私と息子と娘のLINEで

りんちゃんのお世話についてやり取り。



しっかり者の息子





我が子達ありがとう。

心配かけてごめんね。

母は頑張るよ!!





最後までご覧いただき有難うございました

照れ


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