児玉博 『幻想曲――孫正義とソフトバンクの過去・今・未来』 | 読書ジャンキーの本棚

児玉博 『幻想曲――孫正義とソフトバンクの過去・今・未来』

児玉 博
幻想曲 孫正義とソフトバンクの過去・今・未来

時代の先駆者なのか、無責任極まる虚業家なのか――。


この本は、IT業界のガリバー企業、ソフトバンクの総帥、孫正義を、さまざまな角度から照射して、その実像を浮き彫りにしようと試みた人物ノンフィクションである


旧態依然とした既得権の横行する日本社会に風穴を開けた風雲児。
一方で、ネットバブルを煽った「稀代の山師」とも。
毀誉褒貶する孫のルーツを求めて、その出身地を訪ねることから、物語は始まる。


在日三世の出生というだけで、当たり前のように可能性が閉ざされてしまう時代があった。
むろん今でもそうだろうが。
そんな自分を取り巻く環境が、孫の飽くことなき上昇志向の源泉になっていることは確かだろう。


そして、若き日の渡米経験が、その閉ざされた自分の可能性を開いてくれるものは、事業以外にはないことを、気づかせてくれた。
孫が、米国留学の経験で見出した事業の原点は、日本と米国の間にある経済ギャップと、時間差を利用すれば、他人より一歩を先んじることができる「タイムマシーン経営」であった。
つまり、「時間と情報のサヤとり(アービトラージ)」で稼ぐという手法である。
これに加えて、「急成長」「スピード」「何もしないことがリスクなのだ」という信条も、米国での経験から学んだものであろう。
それらが、孫が事業をするうえでの行動規範になっている。


当然のごとく、その事業は地味にコツコツと、牛の歩みのように遅いものではない。
世間的な常識の尺度を超えた手法で、注目を集めつつ、一気に飛躍しなければならない。
それは、無謀ともいえる投機性、賭博性の強いものになる。
孫が、リスクティカーといわれる所以だ。
そんな孫を、ソニーの元会長、出井伸之は、「選択眼のいいギャンブラー」と評した。
それだけに、狙った獲物を獲得する時の集中力はずば抜けている。
だが、手に入れた途端に、その対象への興味を失ってしまう。
ナスダックジャパンの創設や、あおぞら銀行への資本参加と、その後の顛末などは、その最たるものであろう。


閉塞した状況を破る破壊者ではあるが、建設者としては不向きということか。
著者は、この本の最後を次のように締め括っている。


――孫は”失われた十年”と呼ばれた時代に最もその輝きを見せた。
破壊者、ルールブレーカーの役回りこそ、孫を孫たらしめていた。
孫の存在がなければ、はたして楽天の三木谷や、ライブドアの堀江が、いまのかたちで登場することはできただろうか?
しかし、最終的に経営者として名と実を残すのは後者のような気がする。
なぜなら孫は、経営者ではなく、やはり時代が生んだ一代の梟雄に他ならないからだ。


著者の言葉は、さしずめ孫が尊敬しているという幕末の坂本竜馬の役割と最期に重ね合わせているかのようである。
孫は、これを読んで、果たしてどう感じるのであろうか。


この本は、なかなかのノンフィクションに仕上がっているとは思うが、雑誌連載をまとめたものなので、重複する箇所が何度も出てきて、正直うざい。

それに度々、時間軸が前後したり、横道にそれすぎたりもしている。
著者か、編集者は、ゲラの校正段階で刈り取る作業をすべきではなかったかと思う。



切れ味: 可


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