柴田錬三郎 『決闘者宮本武蔵』 | 読書ジャンキーの本棚

柴田錬三郎 『決闘者宮本武蔵』

柴田 錬三郎

宮本武蔵―決闘者〈1〉

戦後の時代小説における最大のヒーロー、眠狂四郎を生み出した柴田錬三郎の”柴錬版武蔵”は、一般に流布している宮本武蔵のイメージを創り上げた、吉川栄治の武蔵像とは、全く異なる。

人気漫画『バガポンド』の原作にもなっている吉川版武蔵は悩める人だ。野獣のごとき猛々しさを、剣の修行によって克服し、精神の浄化を求めて、ひたすら彷徨を続ける。社会的な地位も名誉も女も、修行の妨げになると退けるミスターストイックである。

柴錬版武蔵は、そんな剣の精神がどうとか、眠くなることは一切いわない。

目的はただ一つ。強敵を求めて、決闘を挑み、ひたすら勝ち続けることのみ。うだうだと説教を垂れない分、むしろ小気味よい。

とにかく物語の最初から最後まで斬り合いのオンパレードだ。夜盗、吉岡一門、海賊、鎖鎌、槍、棒術、忍者に柳生一門、そして佐々木小次郎と、一体何人殺したんだというぐらいに、斬って斬って斬りまくる。これだけ殺陣の描写の多い小説も、あまりないと思うよ。

柴錬版武蔵は、勝つためには、手段は選ばず、卑怯なだまし討ちも、兵法であるとして躊躇しない非情に徹した武芸者であったが、宿敵である佐々木小次郎に勝った後、養子の伊織と立ち合い、生涯ただ一度の老婆心を起こしたために、伊織の木剣を頭部に受ける破目になる。そして命はとりとめたものの以前とは別人のような廃人になってしまうという皮肉な結末で終わっている。

皮肉屋の柴錬のことだから、吉川栄治の美化された武蔵像に飽き足らなかったに違いない。きっと、唇をへの字に歪めながら、人と人が斬りあう極限状況を数限りなく切り抜けてきた武蔵が、吉川栄治の描くような悩めるインテリのわけがない。俺ならこう書くと毒づきながら、執筆したんじゃないかと思う。

切れ味: 良


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