3週間ほど前から、体調を崩し、そうなると気管支にくる私。
咳が止まらない。
あまりに咳き込みすぎて、それが腰にきてしまった。
痛い痛い。不安な痛さ。と思いながらも
休まずに、色々とやり続けているうちに、
完全にアウトになってしまった。
靴下やズボンの脱ぎ履き。
夜中の寝返り。
犬の散歩。
生活全てが拷問になってしまった。
そうなって初めて気づく。
無理していたこと。
いつも、全力で、ぴーんと張り詰めてやってた。
今回の腰痛は、さすがに諸所お休みした。
動けないし、屈めないし、なんせ辛いし。
登録番号とか証明書とか、絶対に必要なものだけを、人に連絡して、あとはお願いします。と頼んでみた。
これまで、人を頼れない性格で、人に頼らずこれまでの人生を来た私には、快挙だった。
これまでは、いざ、仕事を人に頼もうと思うと
頼むこと自体に、ものすごく力が入ったりして、
頼む事に疲れてしまい、
そしたら、自分でやる方が早いわーと、自分でやってしまったり、結局休まずに足を運んだりしてた。
でも、実際に人に頼んでみて、
自分でも意外だったんだけど、気が楽だったんだよね。
さすがに歳を重ねたおかげでしょうか。
人に頼める自分になっていたんですよね。
自分だけが布団にぬくぬくとくるまっていて
申し訳ないなーという気持ちも芽生えたんだけど、
ま、いっか。
って、思い直してみた。
申し訳ないって、そもそもおかしいよね。
申し訳ないと思うのは、休むことを、サボってるとか弱いなーとか思われるかもしれないっていう私の考えなんだよね。
でもさ、みんなね、腰痛いのをおして、出てこいなんて、言わないよね。
サボるなよ、なんて言わないのよ。
みんな、お大事に、ゆっくり休んでね、っていうのよ。
私だって、人が腰痛めたら、そう言うわよ。
申し訳なく思うんじゃなくて、
ありがとう、ゆっくり休ませてもらいます。
って、感謝しておけばいいのよね。
それにね、自分がいなくても、大丈夫だし、
もし、大丈夫じゃなかったとしても、
後輩たちがなんとかすることで、後輩の成長にもつながるし
自分がいなくては!!というところに自分の存在価値を見出さなくていいのだな、と思った。
自分が頑張らなきゃ、自分がやらなきゃ、自分がいなければ
これは、他人のためじゃなくて、自分の自分への執着なんだよね。
その執着を手放せたかもしれない。
それが今回の咳き込み&腰痛で、学んだことでした。
お休みをしたことで、腰痛はグッと回復して、
靴下も履けるし、走っても響かなくなってきました。
周囲の方々のおかげです。
