お久しぶりです!
もう2025年もあと2ヶ月になりましたね。
最近、現在は非活の某宗教二世の知り合いと色々と話をしました。
お互いに、いやあー頑張ったよね、と改めて祝杯し、家族に対しても辞めた罪悪感なんて微塵も感じる必要ない、ということで一致しました。
他人の、こちらでは変えられないどうしようもないことで悩んでも、本当にどうしようもないんですよ。
相手は相手の課題をやっていくしかないのです。
私も、今は夫に対して、「やりたければどうぞ。でも私はもう興味ないし二度とやらない」「私の分の財務はしなくていい」とかハッキリ言っちゃってます。
何事もそういうスタンスって大事だなぁ、と最近思ったりします。
何となく気が乗らないけど悪いからやる、みたいなのは、結局は誰のためにもならないってことがある。
ただ、やると決めたのは自分なので、過去やって来たことは全て自己責任だと思っています。
最近子供が引っ越したのですが、早速行った先の会員さんから電話が来たそうです。
同年代くらいの若い人だったらしいけど、家庭訪問を打診され、忙しいと断ったとのこと。
若いのにこんな活動してるのか・・と、ちょっと同情。
「根はみんないい人だし、基本的に親切心で来るんだと思うよ」と、何故かフォローする私に、
「いきなり電話とか怖すぎ!ソッコーで着信拒否にしたよ!悪い理由で来るとしか思えない」とバッサリ。
あんた、私より非情やね・・
ソーカ学園卒のソーカエリートが来る!と期待しただろうに、すまんね。
でも、結果的には、最初からスタンスをハッキリさせる方がお互いにとっていいと思いましたね。
その気もないのに、変な同情でズルズルしても仕方ないのです。
自分は自分、あなたはあなた。
自分が自分でいることもまた、思いやりなのでしょう。