昨日の記事についてです。
何故あれ程私があれていたのかという理由ですが、
私には一人姉がいます。現在某私立大学に在学中なのですが、とりあえず性格が悪いです。前々から記事に書いた事もあるんですが、態度・口が非常に悪く、このブログを始める以前からだった事は言うまでもありません。最近ではバイトを始めた事により生活態度も悪くなりました。金銭の無駄遣いもしかり、無断外泊もしかりです。
その姉(以下R)と、昨日の朝に口喧嘩になりました。
事の発端は一通のメールでした。それは近くに住む祖母からで、今度時間があったら遊びにおいで、といった内容でした。これを読んだRは、
R「もしかして今日行ってもいいんじゃない?やったー!」
この様にはしゃいでいたのですが、これに母が水を差し、
母「でもArtisan(僕。以下A)がまだ書き初め終わってないから・・・」
これを聞いた途端、Rのテンションが急落し、その後私に向けて嫌みを言うようになったんです。
R「Aのせいでおばあちゃんの家遊びに行けないじゃん・・・」
「ふざけんなよまじで・・・」
等と言っていたので、私が何?と聞くとなんでもない、と答えます。なので私が
A「言いたい事あるんだったらはっきり言って。」
こういうとRは
R「は?Aのせいでおばあちゃんの家行けなくなってんだけど。」
完全に押し付けられてます。確かにまだ書き初めは終わっていませんでしたが、元々三日にする予定でした。ですがこのように言われたため、私がイライラし始めました。
A「なら一人で行けばいいじゃん。」
R「だってAがまだ宿題終わってないから・・・」
他にもいくつか問い掛けましたが、Aの宿題が終わらない、の一点張りでした。
流石に長引いてきて、精神的に不安定になり、
A「わかってよ。やればいいんだろ?やれば。」
と言うとRは、
R「あぁ、そうだよ。わかればいいんだよ。」
この言葉に、私の堪忍袋の緒が切れました。
ただ、この場でキレても面倒が増えるだけなので、とりあえず他の部屋へ移りました。しかし、私が移ったその隣の部屋では母が電話をしていて、私は気持ちのやり場をなくしました。特に破壊しても大丈夫そうな物はなかったので、最終的な逃げ場がここになったんです。
この苛立ちはしばらく収まらず、午後、書き初めが終わるまで引きずっていました。
長文を最後まで読んでいただき、そして前ブログにコメントをして心配してくだった皆さん、私に直接メールをくださった皆さん、ありがとうございました。お蔭様で、私はもう回復できました。
また、多くの閲覧者がいらっしゃるなか、あの様な記事を掲載し、皆様に不快な思いをさせてしまったことをお詫び申し上げます。
ここ数年はあの様な記事を度々喧嘩してしまうかも知れませんが、今後とも私のブログを読んでいただければと思います。
何故あれ程私があれていたのかという理由ですが、
私には一人姉がいます。現在某私立大学に在学中なのですが、とりあえず性格が悪いです。前々から記事に書いた事もあるんですが、態度・口が非常に悪く、このブログを始める以前からだった事は言うまでもありません。最近ではバイトを始めた事により生活態度も悪くなりました。金銭の無駄遣いもしかり、無断外泊もしかりです。
その姉(以下R)と、昨日の朝に口喧嘩になりました。
事の発端は一通のメールでした。それは近くに住む祖母からで、今度時間があったら遊びにおいで、といった内容でした。これを読んだRは、
R「もしかして今日行ってもいいんじゃない?やったー!」
この様にはしゃいでいたのですが、これに母が水を差し、
母「でもArtisan(僕。以下A)がまだ書き初め終わってないから・・・」
これを聞いた途端、Rのテンションが急落し、その後私に向けて嫌みを言うようになったんです。
R「Aのせいでおばあちゃんの家遊びに行けないじゃん・・・」
「ふざけんなよまじで・・・」
等と言っていたので、私が何?と聞くとなんでもない、と答えます。なので私が
A「言いたい事あるんだったらはっきり言って。」
こういうとRは
R「は?Aのせいでおばあちゃんの家行けなくなってんだけど。」
完全に押し付けられてます。確かにまだ書き初めは終わっていませんでしたが、元々三日にする予定でした。ですがこのように言われたため、私がイライラし始めました。
A「なら一人で行けばいいじゃん。」
R「だってAがまだ宿題終わってないから・・・」
他にもいくつか問い掛けましたが、Aの宿題が終わらない、の一点張りでした。
流石に長引いてきて、精神的に不安定になり、
A「わかってよ。やればいいんだろ?やれば。」
と言うとRは、
R「あぁ、そうだよ。わかればいいんだよ。」
この言葉に、私の堪忍袋の緒が切れました。
ただ、この場でキレても面倒が増えるだけなので、とりあえず他の部屋へ移りました。しかし、私が移ったその隣の部屋では母が電話をしていて、私は気持ちのやり場をなくしました。特に破壊しても大丈夫そうな物はなかったので、最終的な逃げ場がここになったんです。
この苛立ちはしばらく収まらず、午後、書き初めが終わるまで引きずっていました。
長文を最後まで読んでいただき、そして前ブログにコメントをして心配してくだった皆さん、私に直接メールをくださった皆さん、ありがとうございました。お蔭様で、私はもう回復できました。
また、多くの閲覧者がいらっしゃるなか、あの様な記事を掲載し、皆様に不快な思いをさせてしまったことをお詫び申し上げます。
ここ数年はあの様な記事を度々喧嘩してしまうかも知れませんが、今後とも私のブログを読んでいただければと思います。