いろいろありまして、約5年
ブログのタイトル通りの「烏兎怱怱」。
あっと言う間に過ぎた感じです。
あとで思い返したい時が来るかもしれないので、こちらに残しておくことにします
実は、一昨年の暮れに愛犬君が虹の橋を渡ってしまってから、もうメンタルはズタボロでした
ワンコがお空に旅立って、生きた証のようなものが欲しくて、デジタルフォトを購入しました。
そこに入れる画像を探したんですが、私は携帯を潰れるまで使う派なんで、以前の携帯で撮った画像があんまりない。
そこで思いいたったのが、ブログとかに保存されてる画像を引っ張り出すってことでした。
ブログはいくつかあったので、この際今まで書き散らかしたブログを全部チェックしてみました。
その中で、ワンコが我が家に来て間もない頃の話ですが、
「この仔は間違いなく以前飼ってた愛猫の生まれ変わりだ」
って記事がありました
間違いなく自分が残した文章なのに、13年の間に忘れておりました。
同時に、あの仔は生まれ変わってまた私に会いにくるって、確信めいたものを感じました
そう信じたかったからかもしれませんが、そう思うことで救われた気がしました。
それから毎日、遺影に向かって
「生まれ変わって、またうちの子になってね」って話しかけるようになりました。
ある時、何気に見てたブリーダーのサイトで偶然にワンコが生まれた犬舎が引っかかりました。
顔がどことなく似た仔が映ってたんで、何気に覗いただけだったんですけどね。
あぁ、これは導きかもーって勝手に思ったのでした
単純ですが、藁をもすがる想いだったのです。
それからは遺影に向かって、
「あそこの犬舎で、似たような感じの顔で生まれ変わってきてね。毛色は違ってもいいけど、すぐに分かるようにしてね」
って言い続けて、毎晩話しかけておりました。
ずいぶん勝手なんですけど、その時はそうすることでペットロスを癒そうとしてたんでしょうね
1年が経ち、命日に供養塔にお参りに行きました。
手を合わせているときに、心の中で
「もう生まれ変わってくれなくてもいいかな」みたいなことを話しかけた時に、離れたところからパラパラと音がしました
遠くの木が1本、そこだけ風もないのに葉っぱが音を立てて枝から落ちていきます。私がそこに立ってる間中です。
何故か私には「そんなこと言うな」って怒られてる感じがしました。
パラパラ音ですが、一緒に行ってた家族は気付かなかったと言います。
ちなみに生まれ変わらなくてもいいと思ったのは、年齢的なことや体力的なことで、お世話する自信がなくなってきたからです。
年が明けた頃に、愛犬君は生まれ変わったかもって感じることが多くなりました。
それまでは辛い時とか名前を呼ぶと、右肩の上あたりに気配を感じておりましたが、感じなくなったのです。
以前から、愛犬君が生まれ変わってくるなら、12月か6月のどちらかだと思ってました。
根拠はないのですが