Kさんは、若い頃に母親を亡くしました。

私と一緒に働いていた会社の時で、彼女がまだ結婚前です。

家は農家で、両親共に畑仕事の時に母親は倒れたそうです。

くも膜下出血でした。

救急車で病院に運ばれましたが、手遅れでした。

当然、結婚前ですから孫の顔も見せられずに、40いくつで亡くなってしまったのです。

考えてみたら、Kさんよりも可哀想なお母さんでした。

そして父親が残されたのです。

二人の娘は、社会人になっていましたが、まさか娘が先に逝くなんて、その時の父親は思わなかったでしょうね~

Kさんは、父親が心配でした。

何としても、父親より先に死ぬわけにはいきませんでした。

妻に先立たれ、またしても娘に先立たれる悲しみを味合わせたくなかったのです。

最初の癌になったときは、告白したみたいです。

治ると信じていたからでしょう。

しかし、転移して、余命いくばくもないとは、どうしても告白出来なかったようです。

夫婦二人で、癌に効くと聞けば出掛けていた病院や温泉は、旅行と偽り、抗がん剤治療のための入院は、仕事の出張と偽り、私や他の友達には絶対に家の電話には架けないようにくぎを刺されました。

でも、容体が悪化して、隠し通せるはずかありません。

いつしか父親もわかったようです。

父親より先には絶対に死ねない、と言っていましたが、結局は亡くなりました。

その父親は今もお元気のようです。

残された、人達、
父親、夫、まだ嫁入り前の娘さん。

みんなを置いて彼女は彼女の寿命を全うして、天国に旅立ちました。

でも果たして彼女は自分が天寿を全うしたと思うでしょうか?

私は彼女はまだまだ生きたかったと思います。

娘はまだお嫁に行っていないのです。
綺麗な優しい、娘さんです。

きっと心残りだったでしょう。

家族もそうですが、友達の私達ともまだまだ話がしたかったと思います。

泊まりの旅行にも行きたかったと思います。

彼女とは日帰り旅行は何度もしましたが、私が泊まりの旅行がダメだったので、伸ばし伸ばしになっていました。
私の夫が、私の旅行にはあまりいい顔をしませんでしたから。

そして、人の道を外れた自分は天国には行けないと言っていましたが、私はそう思いません。

確かに不倫はイケないと思います。

遊びで、夫がいるのに浮気はダメと思います。

でも、真面目な不倫?
変な言い方ですが、そう、彼女は真面目に不倫をしてしまったのです。

悪いと知りつつ好きになってしまい、辛い涙を何度も流し、別れようと何度も考え、夫や子供に心で詫びて、でも別れないでいました。

彼の方も、真面目に彼女を思い、不幸な出会いでも、必ず何か方法があると、真剣に模索しました。

一度は、奥さんと別れてKさんと一緒になる、と覚悟を決めたのですから、、

結局は彼女の死によって、お互いの家族には分からないまま終了した二人の不幸な出会いから別れでしたが、人を愛する気持ち、例え不倫でも、私は素晴らしいと思います。

情熱的な彼女でした。
決して家庭を壊さずに、ただただ他所の男性を愛してしまい、一途に恋に恋する彼女でした。

これが私の親友、Kさんの一生でした。

3年前、彼女の亡骸を前にして、楽になったね、と声をかけました。


Iさんとは、まったく連絡していません。

彼女が亡くなったのは、小さい町ですから耳に入っているはずですが、私には何の連絡もありませんでした。

彼女は、あの友達は、私の一生の親友でした。
これからも…ずっと…
私の心に住んでいます。
Kさんは、癌に効くと言われることは、ありとあらゆることを始めました。

どこどこの病院に、名医がいると聞けば、ご主人と二人で出掛けました。

どこどこの温泉が癌に効くと聞けばご主人と二人で出掛けていきました。

まだ通院で入院はしていない時期で、癌にはなりましたが、まだまだ元気でした。
そんな合間をぬって、彼女は彼に連絡しました。

逢いたい、と。

夫や子供がいない時に、一目逢いたいと。

彼は悩んだそうです。
自分は、行けないと思っていたから、元気になったら逢おうと…

そう思いながらも彼女からの連絡には、一切返事をしなかったみたいです。

彼女は必死でした。
もう時間がないのがわかっていたのでしょう。

何で返事をくれないのか私に連絡してほしい、と言われました。

彼女は彼を恨みました。私がこんな病気になって苦しんでいるのに、会いにも来てくれない。
そうか、私の事は、やっぱりあそびだったんだ。愛してるなんて嘘なんだ。
私が病気になったから私を見離すんだ。
彼女は病気のせいで、頭がおかしくなるほど苦しみました。

しかし彼は、、
怖かったと言いました。
Kさんが死ぬのを認められないと、、
自分と一緒にはなれなかったけど、元気で生きていてほしかったと。

見放す訳じゃない、棄てた訳じゃない。
怖いんだ、と。

別れの言葉もなく二人は別れました。
たぶん、別れたのだと思います。
自然に大人の選択をしたのだと思います。


そして彼女は、どんどん悪くなりました。

入院して、少し良くなれば一時退院の繰り返しを何度もしました。

そのころは、メールでのやり取りが多くなり、私もあまり会いに行けなくなりました。

この時の複雑な気持ちは、私にもよく分かりませんが、会いに行けなかったのです。
見たくなかったのです。

弱っていく親友を、見られなかったのです。

元気な私を見せたくなかったのです。
複雑な気持ちです。
彼もきっと私と同じように思っていたのでしょう。
本当の夫婦なら、綺麗なときも醜いときも、受け入れられますが、不倫の二人は、特に彼は現実を受け入れることは耐えられなかったのだと思います。

同時期、私の夫も癌になっていました。
大腸癌でした。
今から4年前です。

夫は、幸いにも手術をして退院出来ましたが、Kさんは、いよいよ最悪になってきました。

ある日のメールで、こんな事を書いてきました。

"私は道から外れた行為をした。
旦那がいるのに、他に好きな人が出来た。
世間から見たら許されない。
だからバチが当たった、と。"


きっと彼女はそういうふうに考えているだろうな、と想像していました。

自分が悪いことをしたから、長生き出来なかったんだ、と思っているんだろうなと。

彼女の気持ちは、よーく分かりました。

"そんなことはないよ、世の中にはもっと悪いことをしている人がたくさんいる。
二人は真剣だった、確かに不倫だったけと、自分を責めないでほしい。
Iさんとは、巡り会うのが少し遅かっただけ、"

こんなふうに彼女を慰めました。

こんなことしか言えない自分が情けなかったです。

病床で、弱っていく体で、彼女は彼を考えていたのかと思うと、いじらしくて、かわいそうでたまりません。
ご主人は本当に優しく、面倒をみてくれたようです。子供二人も、母親を励まし、最後まで諦めないで、母親の病気に立ち向かいました。

そして3年前の、2月の彼女の誕生日にメールをしたのが最後になりました。

いつもメールをすると、すぐに返信が来たのに、その時は返信がありませんでした。

月が変わり、他の仲間とお見舞いに行こうと相談していた矢先に、彼女の妹さんから、訃報の連絡がありました。
63歳でした。

彼女は確かに、天寿を全う出来ませんでした。

まだまだ若い年齢でした。
でもきっと彼女には天命だったのでしょうね。
彼女の寿命は、63歳だったのでしょうね。

でも、病気にならなければ、今でも私とは仲良くランチしたり、旅行にも行っていたでしょう。

亡くなる前に、初孫が誕生しました。

その時の言葉は今も忘れられません。

私にも、息子さんにも、こう言ったそうです。

"自分は、必ず癌になる。そういう体に生まれついてしまった。
だから長生きは出来ない。息子が結婚してくれて、嬉しいが、出来たら孫の顔を早く見たい"


亡くなった当日、駆けつけて息子さんに会ったとき、この話をすると、自分も母に言われた、と私に話してくれ、良かった、母の望み通りに初孫を見せることが出来て、と泣いていました。


彼女は、幸せだったと思います。

息子が結婚して、初孫も見られたし、、

ただ一つだけ、どうしても心残りがあるのでした。

不倫相手ではなく、、
彼女には年老いた父親がいたのです。
私は、二人のカモフラージュ役になりました。

KさんがIさんと逢うときに、私を含めて必ず三人で会うことにしたのです。

そうすれば、誰かに見られても、まさか二人が不倫の仲にはみえないでしょう。
Kさんのご主人は、気づかなかったと思います。

妻が自分以外に男がいるなんて思いもしなかったのではないでしょうか。

完全な夫への裏切りですが、分かったらお互いに苦しむのは目に見えています。
世間体もあるし、子供のこともあるし…

でも、二人は、結婚したいと言うのです。

この世がダメならあの世ででも、と。
どうしてあげたらいいのでしょう。

私には、ただカモフラージュ役しか出来ませんでした。

夫には甲斐甲斐しく尽くし、子供には優しく接し、
外に男を作った友人…

お互いに一緒になろうと決め、もう少し様子を見ようと延ばしながらも、二人は真剣でした。

そんなときに一度目の病気になったのです。
確か付き合いだして、結構年月は立っていました。

癌は恐ろしい病気ですが、彼女の場合、早期だったので、適切な処置で大事には至りませんでした。

この病気をきっかけに、二人は少し冷静になったようです。
それはそうでしょう、

彼女が病気だからと言っても、お見舞いには決して行けない身分なのですから。
もう結婚したい、と切実には思わなくなったようでした。

ただ逢いたい気持ちはあって、不倫は続いていたのです。

それから何年立ったのか忘れましたが、癌生存率5年と言われているように、5年立つ前に彼女は再び病気になったのです。

あれほど食べ物に気を使い、大好きなコーヒーもやめて、月に一回は必ず病院に行って検査をしてもらい、主治医が転勤したら後を追って主治医の病院に変えてまでも主治医を信じていたのに…


二度目の癌は、酷いものでした。
肺癌から始まり、最後は頭に飛び脳腫瘍にまでなってしまいました。

話は前後しますが、
二度目の癌になる前、KさんとIさんと、久しぶりに三人で会ったときがありました。

その時の彼は、何故か分かりませんが機嫌が悪く、いつもの彼とは思えないほど、寡黙でした。

あとで彼女に聞いたら、自分が、もしかしたら癌が再発したかも知れないと先に話をしたらしいのです。

その前に彼は、私にこんな事を言ったことがありました。
もう離れられない、Kさんを棄てられない、自分も一緒になりたい、と。

でも、前に立ちはだかるものが多すぎて、どうしたらいいのか分からないようでした。


そして、彼女の病気の再発。
二人は、不倫をしたときから道を外したのですが、今度は地獄が待っていたのです。

生と死が二人を待っていたのです。