今日、4月27日は夫の誕生日でした。

生きていれば73歳を迎えていました。

去年の誕生日に、おじいちゃんだね!と言ったら、まだ孫がいないから俺はおじいちゃんじゃないぞ!、と怒っていました(笑)

最後の誕生日は、退院直後でした。

17日に入院して25日に退院し、誕生日を家で迎えることが出来ました。

あれから一年……。

今は、家の中の何処を探しても夫はいません。



♪あなたが消えてこんなに部屋は

うつろに冷たいばかり

むなしい広さうずめるものは

あなたのほかにない♪


この歌は大好きでしたが、今は聴くのが辛いです。


ジュリーの歌は、楽しい歌がたくさんあるけど辛い歌もたくさんあるので、

ツボに入ったらさあ大変!

今年のコンサート、別れの曲や死別の曲はやめてほしいです。

あの曲や、この曲……。

聴いてしまったら、席にはいられないかも…。


ところで、私事ですが、連休明けに胃カメラ検査をすることになりました(。>д<)

夫が亡くなって、食欲がなく体重が一気に6キログラムも減りました。

そして、周りの人が心配して、

食べなくちゃダメだよ、倒れちゃうよ、と言われ、確かに目眩がしたり貧血っぽくなっていました。

なので、太らなくちゃ、元の体重に戻さなくちゃと思い頑張って食べていました。

その結果、胃痛がひどくなり病院に行く羽目に((/_;)/~~

薬で胃痛は収まりましたが、この際詳しい検査をした方が良い、と言うことでいきなり胃カメラになりました。

ピロリ菌も視野に入れての検査なので、取り敢えずは頑張ってみます。

子供の頃は井戸水でしたから、ピロリ菌がいてもおかしくない、と言われました。

単なる食べ過ぎなら良いですが、今はいくら食べても体重は増えません。

やっぱり最悪を考えてしまいますよね。


夫がいない今、迎えに来てくれるのは嬉しいですが、今ではないので……。

まだやらなくちゃいけない事がたくさんあります。

全部終わったら迎えに来てもらいたいです(笑)





三回目の月命日です。

二ヶ月よりも、三ヶ月経った今頃の方が辛く感じるのは何故でしょうか。


ご主人を四年前に亡くされた友人が言っていたのを思い出しました。

三ヶ月前後が一番辛かった!と………。


三ヶ月…

もう、90日も会っていない夫。

こんなに会えないのは初めて。


入院の時だって、一ヶ月が最高だったから。


毎朝、お線香をあげて手を合わせ、コーヒーを入れる。

一緒に飲もうね、ブラックだよ。


今夜の夕ごはんは何にする?何食べたい?

夜は、その日に作った物をお供えしてお茶を入れる。


お花をたくさん飾り、夫の遺影のまわりは華やかだ。



お花で思い出した。

今、私はガーデニングに夢中になっている。

可愛いお花をたくさん庭に植えて一心不乱に手入れをしている。

雑草を抜くのが大変。

夫が作ってくれた、なんちゃってロックガーデン(笑)







蝶々が飛んできて、お花に止まるのを待っている。

昔、母親が言っていた。
亡くなると蝶々に生まれ変わる。

私は、母親が亡くなった後にこんなことがあったのを思い出した。

ある春の日、仕事に行くのにバイクにエンジンをかけたら、どこからともなく紋白蝶が飛んで来て私のバイクの周りから離れなかった。
バイクで出掛けたあとも着いてきた。

あぁ〜、母親だなぁ〜とそこで思った。
会社に着く頃にはいつの間にかいなくなっていたが、母親はやはり私の側にいる、と感じた。

今、夫を亡くして寂しい思いをしている私に夫は何に変身して逢いに来てくれるだろう。
紋白蝶でも良いし、何なら揚羽蝶になって私の側に来て!
お花をたくさん植えるから…。
待ってるから…。

女たちの忠臣蔵というドラマを見ました。

本編放送は、1979年12月だそうです。


私は時代劇が大好きで、特に赤穂浪士はほとんど見ています。

これも当時は見たはずですが、あまりにも古くて忘れていました。

男の視点より、女の視点から見た赤穂浪士物語。

それぞれの浪士の妻や恋人の物語です。


大石内蔵助の妻、りくが主人公です。

夫の内蔵助は、主君の仇討ちのために妻を離縁して故郷に帰します。

しかし、りくは旦那様がいる江戸に向かいます。

会いたいと言うより、夫がいる江戸に共にいたいとの思いから。

そして、仇討ちを見届けたいと…。

夫が仇討ちを決行したあと、りくは後を追うつもりではないか、


江戸には、赤穂浪士に好意的な方々がたくさんいて、りくもその方々の助けで家老の奥様だったのに、身分を明かせないため女中奉公をしながら仇討ちの日を待ちわびていました。



そんなある日、内蔵助とりくは再会しますが旦那様に迷惑が掛かるといけないため、きくという偽名を使います。


もちろん、内蔵助は目の前にいる女性が自分の妻であった、りくと分かっています。

分かっていながら、こう話しかけます。


「きくとやら、りくは離縁して故郷に帰ったあとに男児を生んだと聞いたが、丈夫に育っておるか?」

りくは、いえ、きくはこう答えます。


「養子に出したあとに出家させたと聞いております。

上の男子も出家させたそうです。」


「では、男の子二人ともりくの側には居ないのか?」


「万一、御父君の大石さまが殿のお恨みを果たしたとき、その罪は男子にまで及ぶ、とのご配慮とのことでしょう。」


大石は、

「二人の男子を手放し、その上嫡男の主税まで……。

きくとやら、もしそなたがりくに会うことがあったなら大石が

許せ、と申してたと伝えてほしい。

男子二人を出家させ、長男である主税もいなくなってしまうが、

どうか、生きていってほしいと。

例えひとりになっても、生きてほしいと。

そのための離別であると。

男は勝手と恨んでおろうが、大事に思うからこそ別れることもあるんだ、と。」


妻、りくの、いえ、きくの手を取った大石が言う。

「冷たい手をしている。

さぞかし、りくも冷たい手をしていることだろう。

大義に準じるものはいい。

だがあとに残されたものは手を暖めてくれる人もなく、寂しく耐えねばならぬ。

それでも、生きていてくれと、生きるのだと、、、。」


「おりくさまは、お幸せでございます、そのお言葉だけで…………。」


りくと、内蔵助の今生の別れです。



私は、当時は幸せで何も感じなかったであろうこの言葉が、今は私の胸に刺さりました。



妻りくは、夫が思いを遂げるのを願う。

例え、死と言う別れが待っていても。


大石は自分が死んでも、後を追うな。

自分がいなくなっても生きてほしい。

それが願いだと話します。



時代が違っても、死が二人を分けるとき、

自分が死んでも、後に残す妻や子が幸せになってほしい、決して悲しみのまま生きるのではなく強く生きていってほしい。




私は…

私の幸せは夫でした。

夫がいたから幸せだったのです。

だから、居なくなったらもう幸せでも何でもないのです。

強く生きようと思っても、夫がいたから生きられたのです。


でも、夫は私にオレも一生懸命生きたんだ、だから悲しむな、がんばれ、そしてオレがいなくても幸せに絶対になれ!

と、きっと思っているでしょうね。


今は強く生きられなくても、生きろ!と。

大石内蔵助と同じように、夫は私に生きてくれと願っているのでしょうね。


出来るかどうか分かりません。

でも先に亡くなってしまう人達は、残していく妻や子を心配しない訳ありません。

夫に心配をかけない……。


生きていくことが心配をかけないことになるなら、それが夫の願いなら

生きてみよう、強くなるのはまだ無理だけど。