夜が明けてしまった。

昨日は、

1月24日

絶対に忘れた事はない、忘れられない日…


いまから54年も前に

私の、私達のザ・タイガースが武道館で4年の活動を終え解散した日



前年から解散の噂が出始め、信じたくはなかったけれどもう本当に無理なのか。

前年、あの伝説の田園コロシアムでのタイガースのライブ…

あれで私の中では確信となった解散…


そして翌年

私は、高3だった

毎日バイトに明け暮れていた。

卒業を控えていたが、バイトでも仕事というものが面白くて働いて収入を得る…

生きがいを感じるほどの毎日だった。

もちろん得たお金で、タイガースを観に行くのが目的だったが。

バイト先の本社の上司が、武道館行くならチケット取ってやろうか?と言ってくれた。


私は、

行きたい反面、何かに腹を立てていて、行くものか!との思いもあった。

今おもえば何に腹を立てていたのだろう。


解散してしまうタイガースのメンバーにか。

解散を決めた渡〇プロにか。

解散に至るまでの裏事情など、知る由もなく

ただただタイガースに会えなくなる悲しさで目に見えない何かに怒っていたように思う。


当日、私はバイトは休みの日だったが、無理やり入れてもらい仕事に夢中になり今日一日をやり過ごそうと考えた。

あの時の心境は今思い出しても涙が出る。


中学から高校にかけての一番の青春時代。

友達は彼氏を作って遊んでいるのを横目に見て、そんなものは要らん!と、

ただひたすらタイガースを追いかけた日々。


不良だと言われ、学校に知れたら停学だよと言われ、

それでもタイガースを追いかけたあの日々。


もちろんジュリーのファンだったが、あのバンドが好きだった。

あの5人のメンバーが大好きだった。


新宿ACBから始まり、新宿ニューACB、ヤングメイツ、日劇ウエスタンカーニバル、

チケットが買えず日劇は徹夜したこともある。


チケット代金と電車賃を握りしめ

豪華なランチタイムをしているファンを横目に、うどんをすすりお腹を満たした。


自分で決めたこと、そして母親と約束したこと。

母親は、タイガースを観に行くことは構わない。

好きな芸能人を見に行きたいと思う気持ちは分かる。

でも、すべて自分で費用は作ること。

おこづかいはやらない、

それと、学校にはきちんと行くこと。

停学ギリギリはいいけど(笑)停学にはならないこと。


おこづかいはね、そうは言っても母親は父親に隠れてくれたっけ(苦笑)

父親は頑固一徹、知れたら大変だった。

母親はその点、自分も役者のひとりが好きだったらしく、

後で聞いたら大〇橋蔵だった。

テレビで見てファンになり一度は会いに行きたいと思ったこともあったらしい。

まあ、現実には出来なかったけど。

だからか、割りと寛容で私の気持ちを理解してくれた唯一の味方だった。


そんな4年間だった。

タイガースが解散して、私はジュリーを卒業した。

だからPYGは一度も行っていない。


高校を卒業してからの二年間は、バイトをそのまま続け、

私は別なバンドを追いかけるようになる。


20歳で会社に就職し、またジュリーに戻った。

そして結婚出産と続き、またジュリーから一時離れることになるが、

今こうして、またジュリーが75歳になっても歌を歌ってくれるから会いに行くことが出来る。

本当に幸せだ。


あのタイガースの解散は、当時の私達には辛くて悲しい出来事だったけど、いつまでも続くわけはないともちろん思っていたし、あの解散を経てのジュリーの快進撃は知っての通りだよね。


1月24日、これからも私が生きている限り毎年想いを馳せるだろう。