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今年のツアーの最後を飾るコンサート
日本武道館、行ってきました。

結論から先に言うと、
とにかくカッコ良くて、カッコ良くて、
なんであんなに素敵になっちゃったの?
と、云うくらいにカッコ良かったです。
今年は、あまり行けなくて3月の川越、6月の水戸、8月の大宮
そしてラスト武道館と4回のみ。
そのラストでのジュリーが本当に素敵で、神々しく見えました。
スーパージジィだったはずが、普通のジジィになってしまった(ジュリー談)
でも、77歳の普通のジジィで、あんなカッコいいジジィは世の中いませんって(笑)
席の環境も良かった、アリーナ8列のセンターど真ん中でした。
今年最高の席(笑
メンバーが出てきて最後に
主役の登場で大拍子、大声援で迎えると、
何なんだーって顔でビックリしてました。
最初のご挨拶のMCでの、
楽屋にいた時から今日は緊張したーってキンキンに緊張したー、もうやるもんじゃない(こんな大きな会場?)
やれるとも思ってなかったけど(
こういう謙遜した言葉のときほど、自信があるのよ。
言葉って、裏腹だから(笑)
出来ると(満員に)思ったからやろうと思ったんでしょ?
東西南北ぐるっと見回して、
北の観客に手を振り、さあ緊張も解れたようで顔が優しくなりました。
白髪がちょうど良い長さで、動くたびにフワッフワと揺れて素敵でした。
何の曲の時だったろう、あぁ〜ジュリーだなぁ〜って思えたのは。
もちろん目の前にいるのは紛れもなくジュリーなんだけど、体が痩せたせいか、懐かしい曲のフリが、
あの頃のジュリーだった。
左手でマイク、右手をグーにしてのフリ。
何の曲だったかなぁー
そう言えば、夏の暑いときのライブでは時々辛そうな表情が見られたし、ハァハァしている時も確かにありました。
昨日は近くで見て、そんな素振りは一切見られなかったから、
季節的にはちょうど良いんでしょうね。
暑い時は辛かったろうな。
最後まで元気で、まだまだ歌えそうだった。
だんだんと、曲が進みスターとしての顔が自信に満ちてくるのが分かった。
武道館にふさわしい顔になってきた(何様、私…)(笑)
バンドメンバーとの笑顔での接触は見てて気持ちいいです。
ギターの方々のところに行き顔を見合わせて笑顔でリズムを取ったり、ユウタさんをピシッと指して側に行って讃えたり、新バンドになって本当に進化してますよね。
来年もこのメンバーとやる!とハッキリ断言しました。
今年のセットリストはファンにはたまらないほどの曲で、来年は聴けないのかと思うと寂しい。
ここぞとばかりのロック曲を続けざまに持ってきたライブ前半。
ドキドキが止まらなかった(笑)
倒れるんじゃないかと思うくらいに乗る曲だった。
反動でバラードの時は座ってるけど。
それにしては何の曲かまた忘れたけど、歌詞がボロボロだったのがありましたね。
MC後の、甘いたわむれ
1番と2番を入れ替える位は序の口だけど、
昨日は2番の初めが出てこず、とんでもない歌詞を付けていました。
〜何年立ったのか分からなくなったよ〜(笑)
とか歌っていました。
ちょっと動揺した顔をしていました。
私は下を向いて大笑いです。
隣にいた方は分からなかったのかな?
若い人は分からないか!
でももういいと思いますよ。
歌詞が出て来なくても作詞をする才能?
があるし、すました顔で次の曲に行くんだから、それもまた今のジュリーだから(笑)
歳相応の爺さん、世の中たくさんいる中で動きながら歌を歌うスーパージジイ(笑)
歌詞間違いなんて当たり前、と最近は思うようになりました!!
あとどの位観に来られるのかなぁー
切実な問題です
ジュリーも言ってましたが、今日が最後にしようと思っている人もいるでしょ?
そうは問屋はおろしませんよって(笑)
ドキッ、見透かされてた(笑
)
そうなんだよね〜
私だって、来年も再来年も行きたいと思っていますよ、出来るなら。
今回、11月1日の甲府のライブを断念しました。
足腰が弱ってきて、腰は背骨に異常が見つかりリハビリをしながらの生活です。
電車での長時間の移動は諦めました。
だから武道館も行けるかどうか微妙だったけど、やっぱり大舞台。
観たいよね〜
痛み止めと、リハビリでどうにか行けました。
その他にも、胆嚢炎の持病もあるし右膝は半月板が切れたままだからいつ痛みが出るかわからないし。
ジュリーが77歳なら私も4歳下ですからね、立派な高齢者です。
ジュリ友さんの中では一番の年長者ですからね、だから何だって話ですが(笑)
1月から早速ライブが始まります。
今、リハをしていると話してくれました。
日程は発表はまだだけど、やっぱり行きたいですね。
元気なジュリーを見られて、とっても嬉しかったです。
一本締めも無くなってしまったけど、奇跡といってもいいほどの素晴らしい席で、大好きな人のライブを見られたんだから、御の字です。
脚はパンパンになったけど、まだまだ私も頑張ろう、と思いました。
ジュリーは来年もステージに立つ!と約束してくれました。
鼓動の歌詞にあるように、
〜これだけ生きてたら誰もが知らないはずの想いや場面乗り越えた自負もある〜
たしかに…
誰もが知らないはずの想い
私達がもちろん知らないところでのジュリーの想い
苦悩や、辛さ、そして哀しみ
その時その時を必ずや乗り越えて来た。
それが自信となり
プライドとなる
凄いね!とか、偉いね!とか言ってほしい訳じゃない。
何も望んでいないジュリーだから、人知れずファンの人達とのライブを来年からも続けてくれるだろう。
会場一杯の、ジュリーの味方だけのあのライブ会場にまた来年も行けることを願っています。
沢田研二、この人のファンになってとっても幸せです。
少し早いですが、今年のブログはこれが最後となります。
ジュリーのライブのみだけUPするブログですが、読んで頂いてありがとうございました。
行ってきました、沢田研二コンサート大宮ソニックシティ
暑い一日でした。
2日前の白河でのコンサートで、ステージから落下してしまったジュリー。
幸い、打撲はあったにしても頭は打たなかったようなので、大宮はきっと中止にはならないだろう、とは思っていた。
体は痛くても必ず元気な姿を見せてくれると信じていた。
いえ、例え痛みがあっても、やり抜くだろうと、そんな人だとファンは知っている……。
でも、歳が歳だけに体中にはダメージがきっとあるだろうとは思った。
メンバーがステージに出てきて、最後にジュリーがゆっくりと姿を見せた。
センターに立ち、左胸に手を当て、トントントンと叩いた。
元気だよ、とのアピール。
凄い歓声、拍手。
あんな凄い歓声を聞いたのは久しぶりだ。
みんなジュリーの無事を祈っていた。
ジュリーの体を心配していた。
不覚にも涙がこみ上げた。
2曲歌ってのご挨拶
「心配かけたねー、ごめんね!
落ちちゃいました(^_^;)
でも富士山見たよ、(はい?)
富士見(はい?)
不死身
↑
(これが言いたかったんだ)
そんなことを言う私は不気味(@@;)」
冗談を言って笑わせる。
確か、ジャンプやスクワットをしてまたまた元気アピール。
どうぞごゆっくりといつものようにバレリーナのご挨拶。
膝を曲げた姿を見て、痛くないのかな、大丈夫みたいだね、良かった!と安堵する私達。
少し声が割れていたけど、声量は相変わらずで、動きも変わらずだった。
良かったー、何とも無かったのねー
さすが強靭な体だからねと、胸を撫でおろした。
しかし、曲が進み、何の曲か忘れたけど
突如、右脚のふくらはぎをさすり始めたジュリー。
右脚をトントンとしたり、靴先を床にこすりつけたりしだした。
足が攣ったのかな、水分不足だから水を飲んでーーー
いや、違う、痛いんだ。
おまけ前のMCで理由は分かる事になる。
あんなに歩いたり、腕を上げていつもと同じように歌っていたのに、脚を引きずってきた。
何度もさすっていた。
ポラガのジャンプも出来なかった。
歌詞の間違いも多くなってきた。
ラッキー一生懸命の曲、前編最後の歌。
辛そうに、本当に辛そうに歌っていた。
かろうじて立っている姿を見てまた鼻の奥がツーンとした。
着替えている間、隣のおばはん(失礼)がうるさくて、痛いんだよね!足、痛いんだよね大丈夫かな?
ね、大丈夫ですよね、と私に話しかけてくる。
知らない人です。
私は、考えているんだから静かにして!と心の呟きが顔に出たかな、
無視した(*_*)
お着替えして出て来たジュリー。
さっぱりとした顔に見えたが、MCの内容は悲惨だった。
このジュリーのMCの内容は帰りにばったり会ったジュリ友さんとお茶をして聞きました。
私はすぐに忘れるし、顔しか見てないから^_^;
J「まいったね、77歳だよ。
お盆の時に、気管支炎になりかけた。
主治医の病院が休みだったので近くの医院で薬を貰い、安静にしていた。
白河のコンサートは途中で左脚がピキッとした。
何か痛いな、と思ったら足を踏み外して落ちた。
あまりその時の事は覚えていない。
ワーとかキャ〜とか無く、前にいた方たちがステージにあげてくれた。
サングラスもステージにもどしてくれた。
今、自分は猿のような顔をしているのかな、なんて思っていた。
昔、そんな人を知っているから。
サングラスがあって良かった。
落ちた時は、左脚のピキッは無くなったが、今日は右脚に来た。
筋膜が剥がれたと言うか、肉離れだね。
落ちたあとは、右脚と左の手の甲と、左の股関節が痛かった。
(ここはあやふやだと、友達は言っていた。)
仕事に熱中して、熱中症かな(^_^;)」
と、ダジャレも言っていたが、
話はまだまだ続いたと思うが、ジュリ友さんもこのあたりでジュリーがかわいそうで泣いてしまって覚えてないと…。
そうだよね、ジュリーの心、分かるものね。
ファンが心配しないように、笑わせたりダジャレ言ったりしてるけど、現実は結構キツい話だよね。
おまけの曲、ほとんどセンターで歌いました。
動きたくても出来なかったと思う。
運が良かったのは、大宮の後は9月22日まで休みになること。
ジュリーも言っていたけど次までには治るから、と。
いろいろと、考えながらあと2年とちょっと、80歳までは頑張る。
皆さんも元気でまた来てください。
と、何度も言って締められました。
私達は元気でも、ジュリーにこんな事があろうとは今まで考えもしなかったから、ちょっと複雑。
ジュリーはきっと、当たり前だけど体は痛かったんだね。
それが落下の影響なのか、気管支炎になりかけて散歩や体のメンテナンスを休んで、イオンで歩いていただけだから、体がライブ仕様に戻らなかったのか。
どっちにしても、華麗な人も加齢には叶わなかったのか(^^ゞ
肉離れは経験はないけど、足が良くつる私には少しだけ気持ちが分かります。
足がつるって本当に痛くて、親指を引っ張りふくらはぎをマッサージして自己流でいつも治します。
ましてや肉離れ
立ってるのも辛いはずです。
今までファンの前では決して弱音を吐かない人でした。
熱があっても、後になって実は…と言う人です。
いつもと同じ声で歌い動き、決して具合が悪いと分からせない人でした。
頑張っている人に、頑張ってって言うのは老人虐待だ!と笑って怒る人です。
でもジュリーの場合、具合が悪くて頑張っていても、頑張らなくて良いよ、とは言えないし、
無理してライブをしていても、無理しないで、休んでとは言えない。
決して無理だけはしないでほしい、と言う書き込みを良く見かけるけど、私には言えないしジュリーには通用しない。
もちろんジュリーを思っての言葉と言うのはよく分かるけどね。
その言葉が届いたとしても、
その通りには決してしないのは分かっているし、無理を通してしまうのがジュリーだから。
無理を通して、それが出来たときの喜びを何度も何度も経験している人だから。
ジュリーの判断でやる!と決めた以上は私達は見守るしか術はない。
倒れたら倒れたでその時はその時。
ステージで、死にたいとまで言った人です。
ファンの見えない所で、必ずや努力をしている人ですから、まだまだ大丈夫と信じているし、
ラスト武道館まで走り抜けて欲しいと思います。
ジュリーに対しては、それこそ世紀の片恋だけど、
私は、私だけかも知れないけど、
私はジュリーに対して、慕情(ぼじょう)と言う言葉が思い浮かぶ。
いろんな意味はあるけれど、かけがえのない感情、と言う意味もあるそうです。
かけがえのない大事な人への大切な感情。
愛情や同情ではない、
長い間、慕ってきた、慕情です。
