NHKの東京裁判を観た。
僕の母方の曽祖父は軍人で勲章もらってたけれど終戦前に亡くなってたから裁判にかけられなかった。曽祖父が亡くなった後に親族はみんな赤紙で戦地に行った。戻っては来なかった。
父方の祖父は東京大空襲でたまたま生き延びた。出井家の墓の隣に南方で亡くなった遺骨のない大きな墓石がある。戦争の責任を僕は血で感じてる。
だから、コロナ禍のあの日々で
東京裁判のドラマと、この世界の片隅にのアニメを観て、僕は、空が蒼いを歌詞にした。
空が蒼い
冷たい石は墓石と、ヒロシマの影だけ残して消えた
冷たい石は墓石と、ヒロシマの影だけ残して消えた
それを書いた、
あの当時、裁判のラジオでの冒頭のバッハのプレリュードとフーガは祖母も母と大キライだった。
ただ、母方の曽祖父がシベリア出兵した大義はチェコスロバキア軍を救出作戦するということで
チェコでチェコスロバキア軍のひ孫とたまたま出会って抱き合ったことは、縁なのかもしれない。
戦うことに意味を見いだせたて曽祖父がシベリアに行ったのかは、わからない。
ただ、東京裁判と巣鴨プリズン
池袋のサンシャインのたもとで僕はデートしていた。
その彼女が妻という、、、
とても複雑な運命のめぐり合わせを感じている。
僕が生きる意味は、南方で玉砕したり、その戦争を賛美したり、その戦争で生き抜いた先祖の生きたかった今を全うすることだと思ってる。
だから、歌うしかない。
僕が歌うマルタのための祈りがチェコでことあるごとにニュース映像だったり、SNSで拡散させるけれど
チェコの百年で1番大切な歌の1位になった歌をマルタさんの許可を得て歌い、何かを届けている自分は、あの戦争の中で生きた先祖の平和への思いなのかもしれない。