大規模なX級の太陽フレアが発生しています。
2024.06.10(月)19:19 X1.5 → 2024.06.12(水)03:49
(2,925.5/1.5=1,950分後→32時間30分後)

6月12日深夜未明、3時46分を静観します。

今朝に思い出したことは、2~3世紀の仏教僧である龍樹(りゅうじゅ)のことです。(釈尊が他界して約700年後に誕生した人物)
龍樹は、科学者ニコラ・テスラのように、幼少の頃から大天才でした。
またニコラ・テスラと同様に、自分が宇宙人の子供だという自覚がありました。

ただ、龍樹の場合は、周囲の大人たちが幼稚な人に見えたので、大変な悪童でもありました。大人を舐め切った嫌で生意気な子供でした。
ところが、子供の時に釈尊の空(くう)の概念や縁起思想の仏典を読んだ時に、このような人が大昔の人間に存在したことに驚き、仏教僧と成ることを決めて人が変わりました。

そういう大天才の龍樹が生きている間にこだわったのが、
・ 個人という者は存在しない。
・ 個人とは、故人も含めた他人との関係性の「重なり」から生まれて存在しているように、一時的に見えているだけだ。これを縁起論と言います。

・ 自分という者は、仮の消えて行く物が見えるように一時的に存在しているだけだから、本当は空が存在しているだけだ。これが龍樹の「空の理論」です。

龍樹は、個人も、品物でも、個性というものが有るように見えているが(これを「自性」と言います)、
これを徹底的に否定します。
個人も個性も、存在していないと言い切ります。

自動車という製品も、多くの人の努力と、原料と、場所と、エネルギーの「一時的な時間限定の」集合体であり、いずれ分解されて行く。
努力の縁起で自動車は一時的に出現しており、いずれ、空に戻って行く。

だから、自動車という絶対的な永遠不滅の個性は存在しない。
だから、人間の個人もこれと同じだ。
個人は存在していない。他人との関係性から縁起で一時的に出現している。
その他人も縁起から出現している。
この世は、縁起同士の絡み合いが見えているだけであり、本当は空なのだ。
という指摘を龍樹はした訳です。

自分という個人が苦しいと思っている限り、その人は死んでもまた縁起で生まれて、苦しみを繰り返すと龍樹は指摘したのです。

本当は、自分は苦しくないはずだ。痛みは無い。
「縁起の因縁の関係性」から苦しみを感じているけれど、それは幻想だ。
このように龍樹は当時の病める人々に言って回り、その苦痛(空痛)の幻想を一瞬で解いて行ったと言われます。
人々は、これを奇跡と呼んだが、龍樹は元々「無いものを無い」と言っただけだという認識でした。

実は、この痛みは本当は無いという「空の理論」の片鱗に気付いた人が、「 生長の家」の谷口雅春氏だったと私は感じます。

(私の天照太御神への信仰の縁で、天照太御神の神田の稲を守る黄金に輝くお稲荷さんが、筆を口にくわえて正座するお姿を幻視した時に、その御名前を聞いたことが有ります)

でも、谷口氏ほど深く「病は無い」という空の理論を、人は自覚が出来ないのです。
谷口氏も多くの人々の病を消したと思いますが、近年の人類ほど、空の理論の発動は難しくも感じます。それは自我(自分だけが大事の個性)が大きいからです。

しかし、自我が薄い人、自分は一時的な縁起で出現している、を理解した人には、奇跡が起こりやすい波動の時代に入っています。これに期待します。

龍樹が本当に言いたかったことは、地球の輪廻転生システムからの脱出です。
超古代の地球に、人類創造と同時に、この転生システムの呪縛を構築した存在が居たのです。
また、ハトぽー君に送っておきます











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