父方の祖母は、5年前に94歳で他界しました。
その祖母とのお別れのとき、祖母の最後の強い願いが叶う瞬間に立ち会うことができたのです
祖母が亡くなる2週間ほど前に、群馬の叔母から「おばあちゃんの様態が悪く、いつどうなるか分からないから。」と連絡がきました。
しかし、複雑な環境で育った父は、祖母から母親らしさを感じることなく成長してきたようで、祖母に対する想いも複雑なため、葬儀には出ないつもりでいました。
実は、その電話の数日後に、両親と私は、カナダ、アメリカ旅行の予定があったのです。
でも父は、祖母に何かあっても、旅行はすると言って、結局、10日間のカナダ、アメリカ旅行へと旅立ちました。
アメリカでは、グランドキャニオンやアンテロープキャニオン、カナダでは、カナディアンロッキー、世界三代瀑布の一つである、ナイアガラの滝などを巡る盛沢山のツアーです。
その旅行の最終日、ナイアガラの滝を上から見たり、滝の裏側を見たりと、ナイアガラを堪能し、夕食後、すぐ近くのホテルに入りました。
翌日の帰国の準備をして、シャワーを浴び、さて、寝ましょうというときに、ベッドサイドの電話が鳴ったのです
添乗員さんからで、「ご家族様からお電話があり、ご身内にご不幸があったようです。」と
妹からで、叔母から祖母が亡くなったと連絡を受け、すぐに旅行社に電話して、添乗員に取り次いでもらったとのことでした。
妹は、叔母に葬儀の手伝いをしてほしいと言われ、「一人では心細いから、葬儀は帰国の翌日だし、一緒に出てほしい。」と父に言ってきたのです。
娘から言われると行かずにはいられない父で、両親と私は、カナダから帰国したその足で群馬に向かい、その翌日に、私服のまま、葬儀に出席することになったのです
そして、父は、15年ぶりに祖母と再会したのでした
”最後は、自分の子供たちに見送って欲しい”
祖母の最後の強い願い・・・
祖母は、このタイミングでないと父が来てくれないと知って、私たちの旅行が終わり、日本へ帰るときを待って、あちらへ旅立ったのです。
凄いタイミングで、不思議な時間の流れを感じました
後で、叔母に聞くと、祖母は何日も意識がない状態が続いていたと言っていました。
父が来てくれるのを待っていたのですね。
こうして、子供たちに見送ってもらいたいという、祖母の最後の願いは、叶ったのです
祖母には、母親らしさを感じることができなかった父ですが、きっと、最後に祖母からの母親としての想いを受け取れたのではと思います