ブログ村に参加しています。ぽちっと押していただけると
うれしいです。
こんにちは!
今回も国立公文書館へ行ったことについて書いてみます。
↑は、国民所得倍増計画です。
岸内閣が手を付け、昭和35年12月27日実質国民総生産を
10年以内に26兆円に倍増させ人々の生活水準を
西ヨーロッパの先進国に匹敵させる経済目標を閣議決定
したのが、この国民所得倍増計画です。
昭和32年頃から池田の命を受けた経済学者、下村治らが
ケインズ経済学を取り入れ、国民の生活と日本経済について
今後10年でどれほどの豊かさを享受できるかという
成長力の推計値を大蔵省内ではじき出し、それを池田に
見せて議論したことが始まりです。
池田は、昭和34年2月に故郷である広島での演説会の聴衆を
前に初めて「月給倍増論」というフレーズを口にしました。
ただこの月給倍増では給料をもらうサラリーマンのみを
対象にしているようなので若干の修正を加え、
所得倍増というフレーズが生まれたと思われます。
その後所得倍増というフレーズを大阪の財界人の前で
発信しました。ただそこでの反応は、労働者に甘い期待を
持たせることになるとか所得倍増を実現しようとすれば必ず
インフレになり、生産を増やせば必ず輸入が激増し
国際収支が悪化するとの声が聞こえてきて必ずしも好意的な
意見ばかりではなかったとされています。
この当時池田は自民党内では反主流派でした。
ただ事あるごとに所得倍増を発言していた池田に対し
当時の岸首相は党内の反主流派に押しとどめておくことに
利益を感じなくなったようで、第2次岸内閣の組閣の際に
池田を経済産業大臣として入閣させて所得倍増計画の実現を
任せることを約束したとされています。
こうして時流にも乗り、皆さんもご存じのような高度経済
成長が実現できたのです。
以上、国立公文書館へ行ったことについて書いてみました。
私のホームページアドレスです。よろしくお願いいたします。