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先週の私のブログで雪が降るという予報が出ていますが、

 

天気予報の精度はどれくらいでしょうか?といったことを

 

書いたかと思いますが、見事に当たっていました。

 

天気予報はなかなかのものです。

 

こんにちは!

 

今回も国立公文書館へ行ったことについて書いてみます。

 

 

↑の写真の下方が国会開設の勅諭についての史料です。

 

ということで、今回は国会開設の勅諭について書きます。

 

国会開設の勅諭は1881年に明治天皇が世間に発表した

 

公約のようなものです。

 

この勅諭により1890年に国会を開設することと、憲法を

 

明治天皇自身が制定することを約束します。

 

国会開設の勅諭が出される前の1873年、明治六年の政変に

 

より征韓論を唱えていた西郷隆盛や板垣退助を中心とした

 

メンバーと国内の統治に全力を尽くすべきだと考える

 

伊藤博文などとの対立により政府内は分裂します。

 

敗れた板垣退助は国会開設を要求するようになりますが、

 

政府は国会開設など、もってのほかという立場を取ります。

 

ただ1881年には開拓使官有物払下げ事件が明るみになり、

 

政府への批判が高まります。

 

そこでまず、政府内で国会開設をすぐに行うよう主張して

 

いた大隈重信を追放し、政府の体制を盤石のものとした上で

 

10年後の国会開設を約束します。

 

こうして国会開設をすぐに求める急進派とそれほどでもない

 

穏健的な人との分裂をはかったため、自由民権運動は下火になり

 

政府も主導権を回復しました。

 

以上、国立公文書館へ行ったことについて書いてみました。

 

私のホームページアドレスです。よろしくお願いいたします。

https://yokosuka-gyoseishoshi.com/