長い治療が終わりに近づき、退院が見えて来た頃。

嬉しさいっぱいかと言えば、実は胸の内はとても複雑だった。


8ヶ月の間に、病院は様々な不自由さはありながらも「第2の家」になっていたし、退院して自宅に戻れば、先生や看護師さんといったスタッフの方々、病棟のおともだちといった繋がりからも切り離されてしまう。


毎日の服薬(再発予防のレチノイン酸は、ここから6クール続く)、食事作りやお風呂といった日常のケアもお任せしていたのが、これからは自分で。

免疫が低く感染に弱い状態の息子は、まだまだとても長時間は外に出せない。

遊び相手もなく、広いスペースもなく、感染やケガに怯え実はとても、不安で孤独な日々になるんじゃなかろうか😱


退院後の外来は2週間に一度だけど、そこにプライマリーAさん始め病棟の多くの看護師さんは出ず、限られたベテラン看護師さんのみが担当する。

そう聞いて、ますます寂しくなる私。

退院が近づくにつれ、スタッフの皆さんと話す度に

「退院は嬉しいんですけど、寂しいです😢

ばかり言っていた気がする。

退院時、お世話になった皆さんに書いた手紙は、かなり気合を入れて感謝の思いを込めた。


実際に退院して、ワンパク2歳児の世話は、確かに大変だった。日々の服薬はバトルそのものだった。

孤独もやはり感じた。

でも、やっぱり同じくらい、いやそれ以上、喜びに溢れた。


毎朝、自分の布団で目が覚めて、横を見れば息子がいる。(息子はショートスリーパーなので、ほとんど叩き起こされてたけど💧)

ゆるすぎ甘すぎは重々承知だけど、息子の好物を日々食べさせてやれる。

CVカテーテルを外したので、もう入浴前にフィルムを貼って、ヒヤヒヤしながらシャワーだけで済ませなくていい。

たっぷりの湯船に入り、はしゃぐ息子が眩しくて、ジーンとしながら見守った。

私自身も、家なら自分のペースで休息することができ、それが体調に大きく影響することを改めて感じた。


退院前後の、この振れ幅の大きかった感情も、忘れることができない経験のひとつ。

入院当初が、いきなり渦の中に投げ込まれ、必死にもがくばかりだったことを思えば、退院までは段階を踏み、心の準備をする時間を与えられたからかもしれない。

(それだけに、色々と味わって、記憶に残ったのかも…)


新しい一歩への不安、でも「踏み出してしまえば、何とかなる(以上に喜びもある)」ことも、私はこの期間に改めて、学び直した気がする。


(※このブルーは形を変えて、翌年春に「復職ブルー」として、またやって来た😅

感情の振れ自体は変わらないけれど「来た来た、アレだ」と、少し心構えができたように思う。

そして今、復職から5ヶ月…何とかなっています✋✨)