投与期間:2016年12月21~26日
クリーンウォール:2017年1月1日~1月6日
使用薬剤:A3
(エンドキサン、オンコビン、ピノルビン、シスプラチン)
治療への反応が未知数だった第1クール。薬剤によっては、第2クール以降の半量でスタートした。
尿カテーテルを装着したので、入浴は体拭きのみ。
シスプラチンは24時間を通しての点滴だったので、投与中はベッドから出ることはできなかった。
詳しい記憶は曖昧だけれど(メモなど記録ナシ…取っておけば良かった
)、全体としては元気で、食欲も3日目頃までは大盛ご飯を完食するほどだった。
嘔吐も5日間のうち数回だったように思う。
嬉しいことがあった。
転院当初、息子は血液腫瘍科ではない、別の病棟にいた。
第1クールが始まった翌日の12/22、血液腫瘍科のベッドに空きが出て、病棟を移ることになった。
その直前、現場担当のK先生と話していて、
「よく《アンパンマンのおせんべい食べたい》って言うんですよね~」
と苦笑いで言ったところ、凛々しいK先生がニコっと笑った。
「あら。じゃあ病棟移ったら、いいことあるかもね」
病棟を移ってまもなく、師長さんがプリントを片手に説明に来てくれた。
「持ち込み食ができます。土日と祝日。感染に気を付けなければいけないので、避けるものもありますが」
翌日の12/23からは、祝日! 飛び上がるようにして喜んでしまった。
なにせ、息子はことあるごとに、好物のお菓子を食べたがっていた…。
息子に何を食べたい?と聞くと、返ってきたのは
「あんまんまんの、えんべい。いきん、と 、…と」(アンパンマンのせんべい、チキンとポテト)
翌日、持ち込みが可能になる11:00を待ちわびて、しばらくぶりのアンパンマンのせんべいを地下売店で調達。息子はニンマリと笑顔になった。
翌日24日には、赴任先からやってきた夫がモスバーガーのチキンナゲット&ポテトを差入れ。
持ち込み食は家族一緒に食べることもでき、素敵なクリスマスプレゼント!という感じだった。
薬剤の投与が終わり、ベッドから出られたのは27日から。
病棟は、午前中プレイルームで集団保育があり、病棟保育士さんが息子を誘いに来てくれた。
息子は大好きな電車のオモチャに大喜び。私もベッドから離れて、他のママと会話もでき、少し寛げた時間になった。
年末から、息子の髪は少しずつ抜け始めた。年が明けた1/1、骨髄抑制がかかり、クリーンウォール開始。
クリーンウォールは、ベッドを覆う、ビニールカーテンのついたテントのような装置だった。中には綺麗な空気が流れて、無菌に近い状態を保ってくれるというもの。
ゴーっという作動音があり、面会者は風上に立たないように、物もなるべく風の吹き出し口の近くに置かないように、と注意を受けた。
1/6には血球が上がり、クリーンウォール解除。
たった数日とはいえ(特に、化学療法後半から振り返れば、たった、という感じだったけれど!)、このテント生活が、親の私には本当にハードだった。
何しろ、それ自体は嬉しいことなのだけど、息子本人は治療中と比べて、まずまず元気。
ベッドだけのスペースで、活発な2歳児と一日を過ごす…これは、心身ともに、かなり消耗することだった。
3日には、病棟保育士さんがベッドまで遊ばせに来てくれたし、5日には理学療法士さんによるリハビリもあった。そのありがたい30分、私はといえば、ベッド柵に額を預けて意識を失っていた…
ベッド上でいかに時間を持たせるか、は大きな課題になった。
1/7-9の外泊を挟み、化学療法への反応を見るために1/11に骨髄穿刺(マルク)とCT、1/13にMIBGシンチグラム。
結果、息子の腫瘍は約3割ほど縮小しているとわかった。化学療法が有効とわかって、それまで慎重な姿勢だった主治医S先生が「よしよし!という感じです。このまま続けましょう」と笑顔を見せてくれ、とても嬉しかった。
1/14、再びの外泊。
リフレッシュして、第2クールは1/16から開始された。
