<脚本家兼、小説家です>
 
黒髪ロン毛で肌が白く、どこか中性的な雰囲気を纏う写真が載っていた。
 
名前は如月(仮)、32歳。
 
職業柄さすがに読書は好むようだが、羅列された好きな作家がちょっとミーハーで、小説家が選ぶラインナップがこれ?と意外に思った。
 
とはいえ、プロである。
誰だ?誰だ??知ってる人??
会ってみたい。
 
私は早々と会いませんかと打診し、平日の夜に飲みに行くことになった。
 
チャットで「友達が少なく基本的に家で過ごしている」と言っていたので、根暗な引きこもりを想像していたが、実物の如月は意外とコミュ力が高くよく喋った。
 
「海苔子さん、会社名聞いていいですか?」
 
編集者という肩書に身構えたのだろう。
如月は真っ先に私に尋ねた。


「如月君のペンネームとトレードでいい?」
 
彼は「そんな有名じゃないですけど」と前置きしてペンネーム教えてくれたが、生憎私は存じ上げなかった。
 
その場で許可を得てググると、某小説新人賞で優勝してデビューし、その後何作も出し続けているらしい。
 
え、普通にすごい。
 
デビューしてるだけでもすごいが、出し続けられるのはその中でも限られた人だけだ。
 
「メインの仕事は小説?脚本?」
 
「舞台系の脚本ですね。小説だけじゃ無理です」
 
如月の人生に興味を惹かれ、物語を書き始めた経緯を尋ねると、彼はとある爆売れ小説の名前を挙げた。
 
「あれを初めて読んだ時、自分でも書けそうって思ったんですよ」
 
ある程度本を読む人なら、そういう経験はわりとあるはずだ。
だがしかし、実際に書いてコンペで勝ってデビューできる人がどれだけいるだろう。
 
かっけぇぇぇ…
 
天狗になってもおかしくない経歴だが、兼業ゆえだろうか。
彼は意外と会社員っぽいドライな性格で、自分の作品に対しても商業的な判断軸をもっているようだった。
 
「人の評価が全てなので。来年、新作が出るんです。XXXの編集者が厳しくて、OKが出るまで70万字捨てました」
 
彼はあっけらかんとそう言った。
 
ななじゅうまん…
 
私が人生でただ一度書いた長編は、8万字である。
これ以上は無理だとはっきり思った。
無心で書き続けられることは、一つの才能だ。

なんかすごい。この人。

ふと、自分が書いた長編(ほぼノンフィクション)のあらすじを、如月に判定してもらいたくなった。
 
私が「あらすじを話してもいいか?」と尋ねると、彼はどうぞと促した。
 
20分くらいかけて全てを説明し終わると、如月は少しの間、黙った。
 
「あの、私メンタル強いから、面白くないって言われる分には大丈夫なんで…」
 
私が小声で間を埋めると、如月は言った。
 
「いや、思ったよりつまらなくなかったから、何て言おうって考えてて」
 
つまらなくなかった。
私はこの独特な感想が、どうしてか嬉しかった。
 
「僕、脚本の方では一応役職みたいなのがついてて、部下が何人かいるんです。少なくとも、部下よりは面白かったです」
 
「…ちなみに、どこを直したらいいと思う?」
 
如月は具体的に、「自分ならこうする」とその場であらすじを直してくれた。


さすが。
という言葉しか出てこなかった。
 
「でも僕はエンタメの視点でしか見れないから。作品は短ければ短いほどいいと思ってるし。心理描写とかに惹かれる読者もいるから、これだけが正解じゃないです」
 
如月がどう思ったかは分からないが、私はホクホクした気持ちで帰宅した。
 
後日、如月の作品を読んでみた。


めちゃくちゃ面白くて心底尊敬し、熱を込めて感想を送った。

すぐに返信がきて、しばらくラリーは続いたが、私はだんだんやり取りにプレッシャーを感じるようになってしまった。

 

24時間いつ送っても、即レスなのである。

 

常に家に引きこもっている彼は、秒で既読をつけて間違いのない文章を返してくる。

何か作品についてふれると、長文の正論が送られてくる。

相手はプロなので、私はとても返信に気を遣う。

 

疲れた。

 

と感じ始めた頃、映画を観に行かないかと誘われた。

 

私は映画館を出たあとのことを妄想した。

 

「どうだった?」と聞かれ、もし私が少しでもズレた発言をしてしまったら。

 

おそらくあのLINEのテンションで、正論をぶつけられるのだろう。

 

あぁ、無理かも。

 

如月を心底尊敬するけど、その状況には耐えられそうにない。

なぜだろう。

尊敬するのに、なぜだろう。

 

ああだこうだと自問自答して辿り着いた結論は、悲しいかな、「ロン毛のせい」だった。