詩
林、音なく 日の暮は ゆめのごとし
眞玉夕つゆ おもくして 沙羅の花ちる
さゝら 沙羅の花 ほの黄色なる
詩の意味と考察
暑い夏の夕暮れ、蒸れた林の中は音もなく静まりかえっています。
日の暮れ時、夕陽に照らされて林の中は一面かき色の夢のような世界です。
一輪の沙羅の花が、ポトリ、と落ちました。
夕暮れの湿気で花にたまった露の重みで、花が散ったのです。
花が身を震わせて枝から離れたとき、まん丸の露がパッとはじけてあたりに飛び散ります・・・
はじけた露と花がスローモーションの映画のシーンのように、ゆ~っくりと落ちていって、湿った地面にポトン。
後はまた、静かに木々が息づいているだけ。
地面に落ちた小さい沙羅の花が、夕陽に照らされてほんのり黄色です。
とても日本的で映像的な詩だと思います。
「沙羅」とは<夏つばき>のことで、花は夜明けに咲いて夕方には散ってしまう はかない花。
「真玉夕つゆ」の「真」は玉の美称で、美しくまんまるな露のこと。
「ささら」は美称で、小さいものへの賛美の接頭語、沙羅にかかる。
清水重道は詩の前に
「夢の世界のように静かな林の中、真玉の夕露が重くて、沙羅の花散る」
と自身で書いていますが、私はこの歌を歌うとき、いつも京都の竹林をイメージして歌っています。
<静>の夏
夏というと、若い方たちには太陽がギラギラと輝いて活動的な情熱の季節、というイメージでしょうけれど、暑い昼間をいかにして涼やかに過ごせるかを工夫して<動>ではなくて<静>のイメージで過ごすのが日本人の粋です。
風鈴を下げて、チリンとなったその音で、部屋を吹き抜けていく涼しい風を想像したり、すだれを立てかけて日陰を作ったり、打ち水をして見た目にも涼しそうに過ごす<静>の世界です。
だらりとせず、りんと背筋を伸ばして過ごすのです。
この歌はそんな 静寂の日本の夏、って感じがしてとても好きな歌の一つです。
日本の美
この曲、詩に加えて、ピアノの伴奏部分が素晴らしく、蒸れた林の中、夕日が当たって静かに沙羅が息づいているのが感じられそうな風景を描き出し、そのピアノの音に乗せて詩の言葉を静かに読んでいる、そんなイメージの、日本の美を感じさせる美しい一曲です。
曲の誕生
信時潔が、組曲『沙羅』 として発表。
(8曲所収。その4番目が「沙羅」詩はすべて清水重道)
1 丹澤
2 あづまやの
3 北秋の
4 沙羅
5 鴉
6 行々子
7 占ふと
8 ゆめ
余談
樹齢300年以上の沙羅双樹の木があるお寺として名高い京都の妙心寺の塔頭・
東林院で「沙羅の花を愛でる会」というのが毎年だいたい6月の10日ごろから月末ころまで開かれます。
苔むした庭に落ちた白い椿の花はとても美しい風情です。
私は毎年、今年こそは見に行こうと思いながら、なかなか機会がなくて、未だに行ったことはないのですが、写真で見て、想像しています・・・。
「沙羅の花を愛でる会」の案内チラシから。
やっぱり歌曲ってすてき
の。