静かな静かな 里の秋

お背戸に木の実の落ちる夜は

ああ母さんと ただ二人

栗の実煮てます いろりばた

 

あかるいあかるい 星の空

鳴き鳴き夜鴨のわたる夜は

ああ父さんの あの笑顔

栗の実たべては 思い出す

 

さよならさよなら 椰子の島

おふねにゆられて帰られる

ああ父さんよ ごぶじでと

今夜も母さんと 祈ります

 

 

  詩の意味と考察

1連

いろり端にいて、木の実が裏口の屋根をコロコロと落ちる音が聞こえて…シーンとした空気が感じられます。

栗の実を煮ながら、お母さんと二人でどんな話をしているのでしょう…、明るい笑顔が見えそうです。

 

「背戸」というのは、家の裏口というか裏門のことです。

2連

星がいっぱいの明るい夜、夜鴨が鳴いて渡っています。

いろりの端でお母さんと栗を食べてはお父さんを思い出しています…。

 

というイメージかと思いますが、「夜鴨」というのが悩ましいところです。

鴨の種類はいくつもあるようで、カルガモ・アヒル・オシドリ・マガモ・コガモ・オナガガモ・・・とたくさん種類があるようですけど、<ヨガモ>というのは見当たりません。

もしかして、夜に飛んでいるから夜の鴨、のつもりで、夜鴨、と書いたのなら <夜の鴨が渡っている夜>、って夜が二度出てくることになって変なのです。

<馬から落ちて落馬して>のたぐいですね。

ここは<ヨガモ>という鳥がいて欲しいのですけど、もっと専門書でも探さないと見つかりません。

でも、ま、細かいことはいいことにしましょうか。(^^;)

鴨が夜飛んでいることには違いないでしょうから。

 

3連

1、2番で静かな秋の夜に母さんと二人のあたたかい会話が見えそうな詩から、突然「さよならさよなら椰子の島」と出てきますが、ここでやっとお父さんは戦争で居なかったことがわかります。

そしてもうすぐ帰っていらっしゃる・・・と希望が歌われています。

 

 

暖かいイメージで、秋の歌として歌われることが多い歌ですが(「里の秋」ですからいいのですけど) 実は戦争が歌われていたのだとわかるとしんみりした思いに包まれます。

戦地から引き上げの父を待つ心ってどんなでしょうね・・・泣けてきます。

 

 

  歌の誕生

昭和20年12月24日、NHKラジオ <外地引揚同胞の午後> と言う番組で放送されました。

川田正子が一回だけの予定で歌ったのでしたが、反響が大きく、電話や葉書が殺到したそうです。

希望が歌われていることが、敗戦後の人びとの心にひびき、全国的な大ヒットにつながったのでしょうか。

その後 <復員便り>のテーマ曲にもなりました。

 

 

  元は太平洋戦争の時の歌

この詩はもともとは、昭和16年、太平洋戦争の勃発した時、斎藤信夫が、出征して行った兵士の心情を思いやって書いた「星月夜」と題された詩でした。

でも作曲されることもなく、そのまま何年も経ち、昭和20年8月終戦を迎えました。

その年の12月、初めて南方からの復員兵が神奈川県の浦賀港に帰ってくるのにあたって、彼らを歓迎する歌を作って欲しい、と作曲家の海沼實のもとに、NHKから依頼があったそうです。 

その時、海沼は以前、斎藤から見せてもらっていた「星月夜」という詩を思い出し、1.2番をそのままにして、3番を書き直してもらって、「里の秋」という歌に仕上げました。

 

 

 

やっぱり歌曲ってすてき!

の。