悲しくなったときは 海を見にゆく  

古本屋のかえりも 海を見にゆく

あなたが病気なら 海を見にゆく   

こころ貧しい朝も 海を見にゆく

ああ 海よ 大きな肩とひろい胸よ  

おまえはもっと悲しい 

おまえの悲しみに 

わたしの生活(くらし)は 洗われる

どんなつらい朝も 

どんなむごい夜も 

いつかは 終る

人生はいつか終るが 

海だけは終らないのだ

悲しくなったときは 海を見にゆく  

一人ぼっちの夜も 海を見にゆく

 

 

  詩の意味

悲しくなったときは海を見に行きます。

古本屋の帰りも、あなたが病気の時も、心が貧しいなと感じた朝も、いつでも一人で海を見に行くのです。

海は大きな肩と広い胸で私を包んでくれます。

どんなときも、海を見ていると、自分とは次元の違う大きな悲しみを持った海に、心が、洗い流されていく気がして、これくらいの悲しみは耐えられる、という気になるのです。

人間の哀しみというものは、たとえどんなに苦しいことがあっても、人生が終わればその悲しみも終わります。人生にはいつか終わりというのがあるのですから。

 

でも、海は、太古の昔からたくさんの悲しみをたたえて静かに生きています。

戦争の時も多くの若者が海で死んでいきました。

すべての悲しみを包み込んで、寄せては返し寄せては返し静かに生きています。

海の悲しみは終わらないのです。

人間の哀しみなんて、海の哀しみに比べたらちっぽけなものです。

永遠に終ることのない、大きな哀しみをたたえた海を見ていると、どんなに辛いことも、どんなに悲しいことも、人間の哀しみなど、いつかは終るのだと思えるのです。

 

見ているだけで心の悲しみが洗い流される気がします・・・だから、いつも海を見に行くのです。 

海を見て、 深呼吸して、 また日常に戻るのです。

 

 

  詩の誕生と考察

この「悲しくなった時は」の詩は、『木の匙』という組詩の中の10番目の詩。

 

『木の匙』は、結婚をテーマにし、若い夫と妻が一つの生活を作り上げてゆく過程を、それぞれのモノローグ(独白)体の「歌」によって構成した組詩で、全部で11の詩から成り立っています。

「単に、夫と妻と、家具什器と二、三匹の家畜から始められた「家」が、しだいに世界の始まりと終りとを内包した形而上的なものとして根を下ろしてゆくまでをまとめてみようと意図しました。」

と、寺山の「詩人のノート」の中にあります。

 

『木の匙』

①   ちいさな五つの歌

②   テーブルについて

③   つぶやき

④   愛について

⑤   生活について

⑥   やがて生まれてくる子のための子守唄

⑦   城砦

⑧   妻の童話

⑨   夏がくると

⑩   悲しくなったときは

⑪   世界

 

 

全体に難解でイメージしにくい詩が多い中で「悲しくなったときは」は心にしみいる詩です。

寺山の大変に有名な歌 「マッチする つかのまの海に霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや」 を フト思い浮かべてしまいます。

「マッチする・・・・・・」の歌の意味は、

暗い海辺でマッチに火をつけると、そのあかりの向こう、海に霧が深く立ちこめているのが一瞬見える。その情景が、作者の心の奥にある「祖国」への疑念をあぶり出して、命を捧げて守るほどの祖国はあるのか、と諦観や絶望が表現されている歌ですが、「悲しくなったときは」の詩とともに、寺山が好きだったトレンチコートの襟を立てて、暗い海に向かって佇んでいる姿が見えるようです。

 

 

  曲の誕生と考察

1964年第19回の芸術祭参加作品として、朝日放送の委嘱により作曲されたもので、中田が、最初から歌曲集にしたくて組詩全部に曲をつけ、詩と同じ題で、歌曲集『木の匙』としたもの。

 

「1964年第19回の芸術祭参加作品として、朝日放送の委嘱により作曲されたもので、日本にすぐれた歌曲はあるが、歌曲集となると非常に少ない。たとえばシューマンの『詩人の恋』のようにすぐれた広く国民に愛されるような歌曲を書きたいと思っていた。」  と 歌曲集の最初に載せています。

 

歌曲集『木の匙』は、ソプラノとバリトンのための独白形式(心の中を一人で観客にしゃべる独白)の形式でかかれたもので、二人のデュエットとかはなく、代わりばんこに、一人で歌う、というもの。

この「悲しくなったときは」の歌は、ソプラノが歌うようになっているのですが、多くの人に好まれ、ソプラノに限らず、よく舞台で歌われるようです。

中田の抒情歌の、<究極点にあるような、完壁な歌曲> とも言われています。 

 

ブルー音符ブルー音符ブルー音符

この歌をもっと歌いたいところですが、スケールが大きく、かなり重く暗いので、舞台の曲構成には気を遣います。

でも、私の大好きな歌の一つです。

 

 

やっぱり歌曲ってすてき!

の。