情熱の歌 「秘唱」 を取り上げます。
まずは詩を味わって下さい。
ひとすぢの青き葦さへ
吹き吹けば佳 (よ) き音をしらぶ
ひとすぢの焔 (ほのほ) とならば
いつの日か君燃えざらむ
たまきはる命をかけて
愛 (いと) ほしきひとよ、 女 (おみな) よ
『平井康三郎名歌曲集』より
詩の意味
葦でさえいい音色になるのだから、私の心の中の、あの人を思うひとすじの愛の炎は、まっすぐに君のもとに届いて、いつの日か君の心も燃えることだろう、この命をかけて、いとしい人よ、と歌っています。
<あし>は<よし>とも呼ばれる植物ですが、茎の中が空洞になっています。それで葦笛が作られたりするのですが、とても澄んだ素朴な音色です。
葦は日本中どこにでも生えている植物ですから、それ自体美しいとかすばらしい、ってものじゃありません、でも、そんなたいしたことのない葦でさえ、吹いたら「佳き音をしらぶ」、のです。いい音が出るのです。
( しらぶは古語で、奏でる、という意味)
「たまきわる」、は命の枕詞ですから、それ自体意味はありません。
命をかけていとしい人よ、おみなよ、と歌っています。
( おみなは女の雅語で、雅に美しく言ったもの)
つまり、ひたむきに、一人の女性を思い続ける情熱的な姿を描いたものです。
「秘唱」、秘めたる歌、です。
感動の話
私は西條八十、というとある話を思い出して心が暖かくなるのです。
八十は豊かな家に生まれたのですが、父親の急死、そして、莫大な遺産を、長男の放蕩と、悪い支配人の乗っ取り、などですっかり苦しい生活に落ちてしまいました。
神田の裏町で小さな出版屋をしていて、母や妹、そして妻の面倒を見ていた時のことです。
株を教える友達がいて、八十は東京の兜町にあった株取引所にしょっちゅう行っていたようです。
ある日、株でとても儲かったのです。
帰って奥さまにたくさんのお金を渡した時、奥さまが言ったそうです。
「こんなにたくさんお金をいただくのももちろんうれしいですけれど、私はほんのちょっとのお金でも、あなたが詩を書いてもらわれたお金の方がずっとうれしいです。」と。
ちょうどそんな折、その小さな出版屋の店先に、当時大変有名だった作家、鈴木三重吉がやってきて、八十に、子供のための詩を書いてくれないか、と持ちかけたのです。 これが八十の大きな転機となって、詩人へと戻っていくのですが、人が立派に仕事を成し遂げるには、陰に必ず大きな支えになる人が誰かいたり、きっかけとなる言葉があるのだなあと感動するのです。
八十には「ちょっとのお金でもいいですからあなたが詩を書いて、もらわれたお金の方がずっとうれしい」と言ったその奥さまの一言は心に染みただろうと思います。
八十の歌
八十は、北原白秋と並んで大正期を代表する詩人ですが、歌の詩もたくさん書いています。
山ほどある歌の中から皆さまご存じの歌を並べてみますね。
青い山脈 ( 若くあかるい歌声に・・・)
蘇州夜曲 (君がみ胸に抱かれてきくは・・・)
東京行進曲 (昔恋しい銀座の柳・・・)
誰か故郷を想わざる (花摘む野辺に日は落ちて・・・)
歌をわすれたカナリヤ (歌をわすれたカナリヤは・・・)
お菓子と娘 (お菓子の好きな巴里娘・・・)
風 (誰が風を見たでしょう・・・)
肩たたき (かあさんおかたをたたきましょう・・・)
鞠と殿さま (てんてん手鞠てん手鞠・・・)
歌謡曲、軍歌、童謡、歌曲と色々並べましたけど、どれもご存じでしたでしょう?
やっぱり歌曲ってすてき
の。