大方の予想通り、政府の緊急事態宣言が5月末まで延期された。そして、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議から「新しい生活様式」なるものが提示された。その具体的な実践例は、「一人ひとりの基本的感染対策」「日常生活を営む上での基本的生活様式」「日常生活の各場面別の生活様式」「働き方の新しいスタイル」の4つで構成され、

 例えば、「人との間隔はできるだけ2m(最低1m)空ける」「外出時、屋内にいるときや会話をするときは、症状がなくてもマスクを着用」

「家に帰ったらまず手や顔を洗う」

「手洗いは30秒程度かけて水と石けんで丁寧に洗う」

「密集、密接、密閉の3密の回避」「咳エチケットの徹底」

「身体的距離の確保」「こまめに換気」「毎朝で体温測定、健康チェック」などなど今まで散々言われ続けていたことが改めて事細かに示されている。

 

 日常生活の各場面別の生活様式では、

「買い物」「食事」「公共交通機関の利用」「娯楽、スポーツ等」「冠婚葬祭などの親族行事」の5つの生活場面別に実践例が示され、

買い物では、「通販も利用」「1人または小人数ですいた時間に」「電子決済の利用」「計画をたてて素早く済ます」「サンプルなど展示品への接触は控えめに」「レジに並ぶときは、前後にスペース」などが示され、

食事では、「持ち帰りや出前、デリバリーも」「屋外空間で気持ちよく」「大皿は避けて、料理は個々に」「対面ではなく横並びで座ろう」「料理に集中、おしゃべりは控えめに」「お酌、グラスやお猪口の回し飲みは避けて」

などなど、これまた、微に入り細を穿つかの如くに、ご丁寧に

「新しい生活様式」が示されている。

 

 この「新しい生活様式」に従えば、当然、密閉空間で熱狂するライブハウスは、存在そのものが完全に不要、そもそも宴会、会食は全て不適切なのだから、大人数での結婚披露宴も、大会場での葬儀、告別式も催行は不適切であろうし、当然ビュッフェ形式の飲食が不適切で、全国規模の会議の開催も不適切であろう。

 買い物も所謂ウインドウショッピングは不適切のため、購買意欲を唆る洒落たディスプレーそのものが不要であろうし、百貨店などはこの新しい生活様式では、存在価値自体が怪しいであろう。

 娯楽スポーツでも「すれ違いには距離を取る」とまで指摘されれば、何より、汗だくで身体を密着させるあらゆる格闘技、ラグビーなどのスポーツは全て、不適切な存在なのだ。

 

 酒の上での楽しい会話も笑いもただ単に生きていく上では必要なかろうし、豪華な衣装も贅沢な食材もそもそも必要ないと言われれば必要ないものだらけなのだ。ここまで来れば、スポーツや娯楽などは人が生きていく上では必要なし。と片付けられてしまいそうな、そんな恐ろしい「制約」のオンパレードなのである。

 

 コロナウイルスとの闘いは長丁場であろうと識者は口を揃えるが、その戦い方が、こういう方法でしかないとすれば、一市民として粛々と従い、行動することに決して異は唱えないが、今のところ、どうなればゴールで、そのゴールがどこに定められているのか、全く示されてはいない。生活の補償のない中で工程表なき闘いに多くの人の不満が募るのも全く当然であろう。

そして、何より、こんな「制約」や「抑制」を「新しい」と呼んでいいのか。

 音楽もお酒を伴った宴会も会食も、豪華な服飾も、当てのないウインドウショッピングも、激しい格闘技も、何もかも、きっと人がより「人らしく生きる」ためには「必要」であるからこそ、消えることなく続いてきたことに疑いはない。

 今回の専門家会議の示す「不自由」な制約だらけの生活様式が、21世紀を迎えた日本人の「新しい」生活様式と呼ぶに相応しいのか。甚だ、合点がいかない。