ブラインドから夏の日差しが差し込む。
ブラインドの隙間から見える空は濃密な青だ。
朝のオフィスのフロアは静かで、数名の社員のキーボードを叩く音だけがカタカタと聞こえる。
都会なのにどこからか蝉の鳴き声がする。
私はそれを不思議に思う。

そういえばあの日もこんな日だったな、と私はある夏の一場面を思い出す。

教室には向かい合わせになったデスクが2列ある。
全部で20席ほどのデスクには全てに最新型のマッキントッシュが載っている。
丸いボディで色は半透明のブルーとグリーンがある。
それを見て私たち生徒は歓喜の声を上げる。
すごい、かっこいい、なにこれ、そんな声がそこかしこで聞こえる。
講師が好きな席に座ってください、と私たち生徒を促し私と友人2人の3人は窓際の席3つを陣取った。

この年の4月に私はこのデザインの専門学校に入学した。

高校卒業後は絶対に絵の専門学校に行く。
そう考えていた私は大学に進学させたがった両親の反対を押し切ってこの学校に入学した。

絵を描くことは昔から好きだったし得意でもあった。
だから私は当然のように絵の学校に入り、卒業したらデザイナーなりイラストレーターなりになって
普通のOL生活(私が目指したのはアーティストではなく商業デザイナーだったのでOLという呼称は間違いではない)
を送るんだろうと考えていた。
それが当たり前だと思っていた。

そう、この日までは。

「今日からPhotoshopの授業を行います。みなさん初めての経験だと思いますが私の真似をして操作するだけでいいですからね」
若く可愛らしい女性の講師が言うと級友たちがすっと背筋を伸ばしたのが分かった。
それまでのざわざわした室内が一転、さっと静まり返った。
みな真剣な眼差しで講師を見つめる。
さっきまでの級友が今は戦友に変わっている。

講師がマッキントッシュの電源の入れ方からソフトの立ち上げ方までを説明する。
私はそれについていくのに必死だった。
心なしか周りは戸惑っているようには見えず、その事が更に私を焦らせた。

「今日は野菜を使って人の絵を描いてみましょう。野菜の素材はこのフォルダの中にあります。これをキャンバスに置いていきましょう」
講師の後ろにはスクリーンがあり、講師が操作しているPhotoshopのキャンバスが映し出されている。
私は必死にフォルダの中の素材をキャンバスに移動させる。
トマト、じゃがいも、にんじん、きゅうりのイラストがキャンバスに散らばる。

「では、この野菜たちを移動させて人の顔を作りましょう。このツールで野菜を動かします」
講師は器用にトマトをツールで掴むとキャンバスの左上、すなわち左目の位置に移動させた。

なんでみんな出来てるの?

どこかで抱いたことのある感情が胸を締め付ける。
そうだ、初めてのバイトだ。
高校2年の初バイトでレジも在庫確認も理解出来ず青ざめたあの日だ。

戦友たち、いや同じ戦場に立てなくなった私はもはや戦友とは呼べまい。
級友たちがすらすらソフトを操作する中、私は一人触ったマウスを動かせずいた。

みんな何をやってるの?
どうやって移動ツールを使うの?

どくんどくん。
心臓が大きな音を立てる。

そして確信する。
私にこのソフトは使えない、と。
(その確信は正しかったと、後々デザインソフトの勉強をして分かった)

この日、私の夢は潰えた。
いくら手描きが上手かろうと今時デザインソフトが使えないとデザインの道へ進めないことは明白だ。

放心した私は窓際に目をやる。

ブラインドから夏の日差しが差し込む。
ブラインドの隙間から見える空は濃密な青だ。
朝の教室は静かで、級友のマウスを触る音だけがカタカタと聞こえる。
都会なのにどこからか蝉の鳴き声がする。
私はそれを不思議に思う。