久しぶりにのんびりと目を覚ました。ここのところまた毎日の様にどこかに出かけて いて、その為に早起きが続いていた。今日こそパルミラに移動しようと思っている のでそんなにのんびりはしていられないのだが、さすがに日帰りで行くのは止めに したので、少しくらいなら寝坊しても大丈夫だろう。そう思って、結局9時まで 眠っていた。気が付くと同室のフランス人はすっかり荷物を片付けて姿を消して おり、またもう一人のルームメイトのギリシャ人(彼はこういう宿に泊まる 人には珍しく上下とも寝間着を着て寝ていた)もまた、どこかに出かけて しまったようだ。

 荷造りを済ませて、午前中は見逃していたアゼム宮殿に行くことにする。 誰かがそこにはメッカ巡礼の模型が飾られていると教えてくれていたので、 それを是非ともみたいと思っていた。

スークを通って

ウマイヤドモスクを越えて 旧市街の方へと足を進めていった。ところが何故かどこにもそんな宮殿みたいな ものは見当たらない。しょうがないのであたりの人に「宮殿はどこですか?」と きいてみた。実は宮殿の名前を忘れてしまっており、「パレス、パレス」と 繰り返していたのだが、どうも通じない。白い装束に身を固めた人のよさそうな おじいちゃんは英語が全くだめで、けれどもニコニコしながら誰か他の人を 呼んでくれた。その人に聞いても「パレス」だけでは通じない。困っていると 通り掛かりの人が「どうしたんですか?」と割と流暢な英語で話し掛けてきて くれた。「パレスに行きたいんです」「どこのパレスですか?」「えっと アからはじまるんだけど何だったかなあ」「それはアゼムパレスですよ、私がそこまで案内しましょう」

 

 人のよさそうな中年の紳士だった。僕は全く見当違いのところに来てしまって いたようで、そこから宮殿までは結構な距離があった。

そして中年の紳士はまるで 観光ガイドのように途中いろいろなことを教えてくれる。

たとえば古い小路 の壁に書かれているアラブ文字は相当 古いものだとか、ここのコーヒーはおいしいだとか、この辺は木の靴を作っている 工房が沢山あるんだよとか、こんな感じだ。そして宮殿の前まで来ると、ここ が宮殿だよ、時間があったらあっちの市場も回ってごらん。おもしろいからと 言ってさっさと去っていってしまった。

 アゼムパレスはなかなか質素な宮殿で、けれども内装はそれなりにすばらしかった。 まるで風俗資料館のごとくマネキン人形が工房でなにかを作っているような動作を したものがあったり、ハマムの中ではマネキンの男がもう一人のマネキンの体を あらっていた。ただし楽しみにしていたメッカ巡礼模型はどこにも見当たらなかった。 ここも入場料は一般300、学生15である。シリア国内は全く見事に料金が 統一されているようだ。

 さて、一度ホテルに戻ってきて支払いを済ませ、いよいよパルミラだ。 ホテルの人にバスターミナルまでの行き方を聞いたら、「セルビスで行くと迷う 可能性があるから、タクシーで行った方がいいよ、タクシーでも50SP(1ドル)だ から」とバスターミナルの名前をアラブ語で書いてくれた。その紙を持って 通りでタクシーに手を挙げるが、タクシーはどれも満杯でなかなか空車がやって こない。たまに空車がやってきても何故かとまってくれず、一台だけ停まってくれた タクシーはバスターミナルまで100SPだと言ったので、乗るのを止めにした。

 そんな時、一人のおじさんが声をかけてくれた。「どこに行きたいんだい?」 僕がホテルの人に書いてもらった紙を見せると「じゃあ付いておいで」と100メートル ほど先まで僕を連れて行く。いままでの国だったら何かの客引きというパターンだ。 でも先ほど宮殿まで案内してくれた中年の紳士にしても、このおじさんにしても 本当にただの親切で僕を助けてくれている。「あそこは警察がいるから タクシーも止まれないんだ。それにタクシーでバスターミナルまで行くと高いよ。 そこから出るセルビスなら5SPだよ」と言って、何台もセルビスを停めて、 バスターミナルに行くかどうかを運転手に聞き、ようやくバスターミナルまで行く セルビスを見つけて僕を押し込んでくれた。もちろん別れ際にバクシーシ(喜銭) を請求される事も無い。シリアはやっぱり良い国だ。

 バスターミナルに着くとまた盛大に声がかかる。この辺の人達は、商売の人達 なので、シリアといえども油断してはならない。「パルミラに行きたいんだ」と いうとみんな自分のところのバス会社に僕を乗せようと必死だ。ただその時 時間がちょうど12時だったので、腹ごしらえをしてからバスに乗るんだと いうと、何故かみんなクモの子を散らすように去っていってしまった。ただ 一人の人が僕の手をとって、飯を食うならあの辺にレストランがあるよと 教えてくれた。

 飯を食う前に、一軒のバス会社に入り、一応パルミラ行きの時間と金額を確認 しておく。ダマスツアーという名前だけ聞くとなんだかボラれそうな会社では 1時発のパルミラ行きがあり料金は110SPだとのことだった。飯を食いおわって うろうろしているとまた声がかかる。12時半発のバスがあるというので早速 その話に乗る事にした。ところが料金を聞くと175SPだという。それをきいて 僕は「さっきのところは110SPだったよ。それじゃあさっきのところに行くよ」 とその場を後にした。するとその男は僕を追いかけてきて「130SPでどうだい」と 来る。あまり待ちたくないこともあって、結局その話に乗る事にした。 やっぱりシリアといえども油断は大敵だ。

 パルミラに着くと、何人かの客引きに声をかけられた。けれども僕は昨日再会した 「はったり君」に推薦してもらった宿と、ラピュタの城に一緒に行った「ヨウヘイくん」 に推薦してもらった宿をチェックしようと思っているというと、あっさりと引き下がり どこかに行ってしまう。バスから降りたのは僕一人だったので、別の客に 行ったという訳でもない。やはりこの辺がシリアなのだろう。そしてチェックした 宿も最初は400SPなどととても高い金額を提示してきたが、僕が「友達から 推薦してもらった時、彼は150SPだと言っていた」と言うと、両方の宿とも あっさり150SPまで下がった。「ヨウヘイくん」に紹介してもらった方の宿などは 更にさがって125SPまでいった。そちらの方は狭くて暗い二人部屋で、それでも 渋っていると広くて明るい3人部屋も見せてくれた。こちらの方は誰か他の人が 来たら部屋をシェアするという条件で125SPになった。そこでたぶん誰も来ないだろう と勝手に解釈して、僕はその3人部屋を使うことにした。これで125SPは絶対に 安いだろう。

 ところで、その1時間後にドアがノックされ、そこには一人の日本人青年が立っていた。 この宿主もなかなかやる。結局僕はこの部屋を一人で使う事は許されなかった。