シリアからこっち、僕はまるで熱に浮かされたように忙しく行動している。 まるでトルコでの日々を取り戻そうかというほどにあちこちを訪れている。自分でも 少しハードスケジュール過ぎるのではないかと思っていた。まるでジェットコースター に乗っている気分だ。けれどもそうしたい。それが 一番心地よい。とにかくじっとしていられない。トルコでは動くのが苦痛で、 自分を奮い立たせていちいち行動を起こしていたが、今は逆にじっとしている のが苦痛だ。「休まなくちゃ、休まなくちゃ」と自分を抑えるのに必死なのだ。 そういう意味では「旅の病気」からすっかり回復したのかもしれない。けれども そのつけはしっかりと回ってきてしまった。体を酷使しすぎた罰なのだろう。 二日まえから喉が痛い。

 昨日起きた時には喉の痛みはかなり本格的になってきており、風邪の兆候が顕著 にみられた。よっぽど昨日のシーダース行きは取りやめにしようかと思ったほど。 けれどもどうしても6000年の杉をこの目で見たくて、ちょっと無理をして 出発した。だが山から降りるタクシーではフラフラになっていた。本当は トリポリにある城も見ようと思っていたのだが、そんな余裕はなく、真っ直ぐ ベイルートに戻ってきて、夕べは10時過ぎに床に入った。

 今朝起きてからも体調は優れなかった。熱はないが体がちょっとフラフラする。 喉は相変わらず痛いし、頭痛まで出てきた。これは絶対に休むべきだろう。そう思い、 午前中はベッドの中でじっとしていた。ここしばらく下痢も含めて体調を壊すなんて ことが全く無かっただけに油断していた。最近のあまりに激しい行動にさすがの 僕の体もびっくりしたのだろう。

 けれども退屈だ。テレビを捻るがたいした面白い番組もやっていない。ずっと 天井を見ているのにも飽きてきて、しょうがないので洗濯を始めた。ここのところ 毎日のように大汗を掻いているので、さすがに同じTシャツを二日連続で着る気に はならない。だからこまめに洗濯をしないといけない。ところで 洗濯をしてるうちに頭痛が取れてきた。その代わり咳をするようになったが、 寝込むほどにひどくはない。実はずっとさっきから考えていた。今日は ビブロスの遺跡とジェーダの洞窟に行くつもりだった。体調を考えてそれは 明日にしようと思っていたのだが、どうもこの体調を考えると今日行っても 大丈夫なのではないだろうか。

 こういう時もし誰かと一緒に旅をしていたのなら、そのパートナーは僕を 必死で止めたに違いない。けれども幸か不幸か僕は一人。誰も僕の無謀を 止める人はなく、僕はまた午後の暑い日差しの中に身を投げ出していた。

 ビブロスはベイルートから40キロほど北に行ったところにある遺跡で、 発掘調査によると7000年前の住居跡が見つかっている。ビブロス には現在も人が住んでおり、ここは人類が継続的に住んでいる街としては 世界最古の部類に入る。昨日と同じシャールヘロウのバスターミナル からトリポリ行きのバスに乗り、途中で降ろしてもらうことになった。 料金は1500LL(1ドル)。実は僕のホテルのあるハムラとこのバスターミナルは それほど距離があるわけでもない。歩くとちょっときついが車なら5~10分という ところだ。けれどもなぜかここに行くセルビスは無い。タクシーなら あるが、それだと5000LL(3.3ドル)もする。今日も粘ったがどうしても シャールヘロウに行ってくれるセルビスが無くて、仕方ないのでかなり遠回りだが いったんコカコーラサークルまで行って、そこから路線バスでバスターミナルを 目指すという作戦にでた。

 トリポリ行きは5~10分に一本の割合で出ていて、全く待たずに乗る事が出来た。 バスの中ではビデオの上映がある。昨日の帰りはストリートファイターの実写番( ハリウッド映画)でたまに日本語が流れてきて驚いた。今日のビデオも ハリウッド映画で、なかなか緊迫感のあるテロリストものだったのだが、かなり いいところで目的のビブロスに着いてしまい、後ろ髪ひかれる思いでバスを 降りた。どうしてもあの続きが気になって仕方が無い。けれどもタイトルを 見逃しているので、見つけるのは至難の技だろう。

 さて、ビブロス。小さな街だった。遺跡がどこにあるんだろうと思い、店先で コーラを飲んでいた女の子に道を聞く。ここは英語がかなり通じるのでコミュニケーション に全く問題が無い。女の子に言われた方に歩いて行くと、突然綺麗に整備された お土産物屋街に出くわした。石畳の古い感じの建物を改造している。そして その石畳の向うに遺跡があった。入場料は6000LL(4ドル)。感じの良い切符売りの 男は僕が何も言わないのに「学生かい?」と聞いてくる。僕は思わずうなずいてしまった。 「スチューデントカードはもっているかい?」今度は首を振る。そして とにかく10000LL札を渡した。するとお釣に7000LLくれる。つまり学生料金で 3000LL(2ドル)で入れてくれた。若く見られるというのは得をするものだ。

 

 遺跡は大きな城を中心としてかなり広範に広がっていた。ここも海に突き出た ところで、城の向こうにはビーチが見え、ビキニのレバノンギャルが海水浴を楽しんで いるのが見える。

遺跡と海水浴というのがなんだかアンバランスな気がして 面白かった。遺跡といってもこの城以外は土台だったであろう30センチほどの 高さの石垣のようなものがあちこちにあるだけだ。時たま看板でこれが寺だとか これが7000年前の人類の痕跡だとか書いてあるにはあるが、へえそうですかという 以上の感想を持てない。

小さな劇場や、柱が何本か並んでいるところがあったが、 それだけとればスールのほうが面白かったように思う。最近遺跡ばかり見ているが この辺の遺跡はだいたいどれも同じで、そろそろ飽きてきたのかもしれない。 

と言いつつ、たっぷりここに1時間以上はいたんじゃないだろうか。 さらに明日はレバノン最大の遺跡であるバルベックを訪れる予定だし、 その後はシリアでパルミラが、ヨルダンでペトラ遺跡が控えている。そして それが今からとても楽しみでもある。
 


 日が傾きかけてきたので、ジェーダの洞窟はパスする事にした。お土産物屋で 絵葉書をみて大体どんな感じかつかめたので、それで済ませる事にしてしまった。 体もまだ本調子じゃないし、今日はもう帰って休んだ方が良いに違いない。そう 思い、ちょっとだけビキニのレバノンギャルを間近で見るためにビーチに立ち寄った

 が、すぐにビブロス始発のミニバスに乗り込んだ。こちらは500LLである。 ただし安いだけはある。行きは高速道路を快適に飛ばし、20分ほどで到着したのに、 帰りは海岸沿いの細い道をのんびりと何度も停車しながら進んだものだから1時間 半くらいかかってしまった。

 適当に夕食を食べた後、今日でベイルートともお別れなので、別れの挨拶を しに日本食レストラン「東京」のおばちゃんのところに顔を出す。高くて食べ物に手は でないが、ビール一杯くらいならなんとかなる。そこでおばちゃんにまた一つ 面白い話をきいた。それは昨日見た杉の木について。樹齢6000年と言われる この国の国旗にもなった杉の木は実は数年前枯れかかっていたらしい。 そしてそれを救ったのは実は日本人だった。杉の木が枯れかかっている のを知ったその方は私費を投じてその木を救おうとした。なにやら漢方の注射を しようとしたのだそうだ。ところが一回目は国からストップがかかった。しかし 杉の木は一向によくならず、ついに地元の人の要請で彼はもう一度レバノンに やってきて治療を施したのだそうだ。すると次の年にはその木はまた元気を 回復し、現在に至るそうである。彼の話によるとその木は樹齢6000年というのは 大袈裟で、せいぜい4500年だろうとのことだったが、それでもすごい。彼は 4500歳の御老体を生き返らせたことになる。「俺が死んでもこの木が生き残って くれると思うとうれしいよ」との一言が、このおばちゃんの心に残ったのだそうである。

 その他にもおばちゃんや、ここに二年間いるという板さんと沢山の話しを し、また楽しい夜を過ごした。喉の痛みはまだあるが、今朝よりもずいぶんマシ になった。頭痛もないしふらふらすることもなくなった。とはいってもまだ 体は完調していない。焦らずゆっくり行こう。