昨日さんざん旅に対する興奮が薄れてきているだとか、旅に疲労しているだとか 書いたばかりで、またこんなことを書くのは気が引けるが、今日はまた 心から「おーっ」と叫んでしまった一日だった。なんだか良く分からないまま、とにかく やってきたカッパドキアの街が、思った以上に面白いところで、バスの窓から キノコみたいな岩を見た時に思わず興奮してしまった。予備知識無しで来る と、こういう副産物があって良い。

 今日はまた綱渡りの一日だった。カッパドキアという名前は前から耳にしていた ことがあったが、何気なく「坊主くん」と話している時にそのカッパドキアというのが ここトルコにある事を知った。それはアンカラから東に位置するところにあるらしい。 これからビザの取得の関係でどちらにしてもアンカラには行かなくてはならないと思っていたが、 あいにく土日が挟まる事もあり、それならば最初にカッパドキアに行ってみようと 思った。そこで昨日サムソンのバス会社をいくつか回ってカッパドキアに行くには どうすればよいかを聞きまわって、結局カイセリという街まで行けば良いということを 知った。

 そこで今朝9時のバスに乗り込み、そのカイセリという街を目指す事になった。 サムソン~カイセリという二つのマイナーな街を結ぶ路線だったからだろう、 最初乗客は僕一人だけで、途中でようやく小さな子供連れの親子と中年の 紳士がやってきた。こんな暇なバスだったものだから、いつに無くバスの中は アットホームだった。黒海を右手に見ながらバスはサムソンの街を通り過ぎて行く。 この時、僕がサムソンに来てからずっと持っていた不思議な感覚の理由がようやく わかった。僕はこの街の雰囲気がずっとどこかで見たことがある街に似ているなあ と思っていたが、それは映画だった。それは「魔女の宅急便」 。魔女のキキが独り立ちするために 生活を始めた街にここはそっくりではないか。家並みといい、坂の感じといい、 海の見える光景といい、この街はあの映画の舞台そっくりだ。それに気付いた時、もう一泊すれば良かったかなあと思ったが、既に僕はバスの中だった。

 後ろに座った3才の男の子と遊んでいると、車掌が僕に声を かけてきた。そして暇なのを良い事に僕の隣に座り、話しを始める。 彼はカイセリに住む大学生で、現在19歳だという。今は夏休みで、アルバイト としてこのバスで働いているのだそうだ。このバスは深夜11時にカイセリを出て、 朝7時にサムソンに着く。そこで2時間休憩して9時にサムソンを出発して 夕方5時にカイセリに戻るのだそうだ。その1ローテーションで彼が手にする お金はだいたい10ドル。重労働の割には、それほど賃金は高くない。 これがトルコの標準なのだろうか。

 バスはすぐに黒海に別れを告げ、一日中田園地帯を走った。刈り入れが終わった ばかりの茶色い畑や、今まさに育ち盛りの青々とした緑の畑が交互に出現する。 ポプラが一列に並んでまるで緑の壁を作っているような所も沢山あった。 起伏に富んだ丘陵地帯をバスは快調に飛ばす。ひまわりがいっせいに太陽に向けて 顔を向け、ライオンのたてがみのような花びらを広げていた。

 

 あと2時間ほどでカイセリに着くというところで事故に遭遇した。今迄見た 事故のなかで一番生々しい事故だった、車が行列を作っていたのでバスも停車し、 しばらく待ったのだが、先に進まないので、バスはエンジンを切ってしまった。 僕は工事かなにかだろうと思い、小便でもしようと外に出たのだが、 100メートルほど先に黒山の人だかりが出来ている。何だろうと思って 行ってみると、乗用車とトラックが正面衝突したらしく、トラックは道路の 脇に落ちており、乗用車の方は道の真ん中で停まっていた。トラックの方は それほど損傷も無かったのだが、乗用車の方は前がほとんど全部つぶれている。

 そして、なによりも驚いたのが、この運転席と助手席にはまだ人が乗っていて、 その二人とももう息が絶えているらしく、ピクリとも動かないことだった。中年の 夫婦らしい。僕は それを見て一瞬止まってしまった。見なければ良かったと思った。 今迄も事故現場には何度となく遭遇しているが、どれも事故後大分経った後で、 車の残骸が道の横に転がっているか、あるいは事故が起きたばかりにしても 人間は無傷で、道端でどっちが悪いなどと喧嘩している場面しか見てこなかった。 この事故はたぶん数十分前に起きたものの様で、それからしばらくして警察なのか 軍隊なのか良く分からないがやってきてようやくいろいろな処理を始めたのだが、 それにしてもバスを選んで旅している僕にとってはそれは他人事ではなく、 背筋が凍る思いだった。

 そのショックからようやく立ち直ったころ、バスは高層アパートばかりが 乱立するカイセリの街に到着した。午後6時過ぎのことだった。カッパドキア のことを良く分かっていない僕は、そこがカッパドキア観光のベースポイント なんだろうと思い、明日の計画も兼ねてと思い、仲良くなった車掌にカッパドキア に行くにはいったいどうすれば良いのかとたずねてみる。そうすると何でもここから 更にバスにしばらく乗らないとカッパドキアには着かないらしい。別のバス会社が カッパドキア行きのサービスを行っているから、そちらの会社を当たって見てくれ というので、バスターミナルの中をちょっとうろついてみる。

 僕が適当に「カッパドキア、カッパドキア」と騒いでいると、近くにいた バス会社の男が、「おまえ今行きたいのか?」と聞いてきたので、うなずくと、 彼はいきなり慌てはじめた。そして僕に付いて来いという感じで走り出す。 そのバスはいままさにターミナルを離れるところで、僕は訳のわからないままに 間一髪でバスに乗り込む事になった。バスの前方にはカッパドキアの置物みたいな ものが飾って在って、それはキノコみたいな岩がくりぬかれてお城になっている もので、この時初めてカッパドキアというのはこういうものなのかとわかった。  

 バスは一時間ほどでカッパドキアのエリアに入っていったのだが、運転手に よるとカッパドキアという街は存在しないらしい。ツーリストはだいたいギョレメという ところに行くからそこまで乗せていってあげるよというので訳のわからないままに 彼に従った。隣の親子がいろいろなことをぼくに説明してくれる。 丘を越えた時だった。僕は久しぶりに心から驚嘆の声を上げてしまう。

まさに キノコみたいな岩が盛大に出現し、その先には鉛筆の出来損ないみたいな 岩がにょきにょきと生えているのが見える。そしてそのあたりに綺麗な街が 広がっている。そこがこのカッパドキアの観光拠点の街だった。

 

バスターミナルには早速バックパッカーがたくさん溜まっている。欧米人が 中心だったが、日本人だって負けてはいない。ここ最近でこんなに沢山の バックパッカーを見るのは久しぶりだったので、驚いてしまった。ここは 観光客の街のようだ。

 街に着いたら早速ホテル探し。バスターミナルで会った日本人に推薦された ホテルを当たってみるがこれがなかなか良いホテルで、値段も安いし設備も 整っている。けれども丘の上にはもっと見晴らしが良いホテルが あるだろうと他も当たってみる事にした。丘の上には鉛筆の出来損ないというか 溶けかかった蝋燭というかそんな形をした岩がたくさんあって、その岩には 窓が沢山ついているのが見えていた。ひょっとしたら、そんな岩の一つがホテル になっているかもしれないと、えっちらおっちら登っていってみると、 やっぱりあった。

洞窟ホテルが。部屋を見せてもらうと、部屋は本当に 装飾も何もしていない、単なる岩をくりぬいた空間にベッドを置いた部屋で、 裸電球と小さな窓が一つあるだけだ。

これで一泊10ドル。この際値段は どうでもよい。こんな洞窟ホテルに泊まれるチャンスなど、きっとここを 逃しては二度とないに違いない。

そう思い、僕は迷わずここに滞在する事に決めた。