イランを旅するほとんどすべてのバックパッカーが必ず直面する壁と言うのがある。 それは、ビザの延長。大抵のバックパッカーは通過ビザでこの国に入ってくる。 観光ビザを取得しようとすると、ホテルの予約が必要だの、現地機関の招待状 が必要だの結構面倒なのだ。通過ビザなら比較的簡単に取得出来るが、 問題は滞在可能日数。たいてい5日、長くて1週間程度しかもらえない。 僕は、キルギスというあまりにもマイナーなところで取ったため、直接大使と やり取りができて、2週間もらえたが、大抵の旅行者がビザを取得する インド、パキスタン、トルコなどではなかなかそんな長いトランジットビザを もらえない。更に、こちらに入って旅行者にビザの話を聞くと、皆その短い トランジットビザ取得の為にUS50ドルも払っているのだそうだ。僕はたったの5ドル だった。つくづく僕はラッキーだったと思う。

 ところで、5日でイランを通過するにはわき目もふらず、寄り道も、観光も全くせず、 とにかくバスを乗り継いでギリギリというところだ。たいていの旅行者は、もちろん そんなことはしないので、だから途中で延長をするはめになる。ところが この延長というのがまた曲者。大都市であれば必ずビザオフィスというのが あって、ここで交渉すると原則的には延長できないはずの通過ビザでもなんとか 延長できる場合があるが、これが場所や時期によってその可能性がとても 大きかったり、全くダメだったりする。全く同じ条件で(入国日も国籍も同じ) 一緒に申請に行ったのに、ある人は一週間の延長が可能だったのに、ある人は 延長が許可されなかったなんてことも起る。ある都市ではその場で延長してくれるのに、 ある都市では3日待たないといけないなんてこともある。いったい何がどうなっているのか さっぱりわからないが、それがこの国のビザ延長システムなのだ。

 僕のビザはまだ4日残っていた。けれどもこれから他にもいくつか周りたいと 思っているので、いずれにしても僕もどこかで延長しなくてはならない。明日には シラーズに行こうと思っているので、延長はここか、シラーズかどちらかでという ことになる。こんな時にバックパッカーの溜まり場に泊っているというのは とても助かる。こういう所にはたいてい「情報ノート」というのがあり、最近の ビザ延長情報についての体験談が沢山載っていた。それによると、ここ イスファハンは現在ビザの延長がかなりたやすく、即日10日間の延長が取れると 言う。ただし、ビザの有効日数がまだ4日残っていて申請に行った人は、他の都市で 申請してくれと断られたそうだ。一方、シラーズは7日間の延長というのが 大半で、受け取りは次の日になるらしい。更にシラーズの場合は写真が必要 だったり、料金をいちいち銀行に払いに行かなくてはならなかったりと どちらかというと、イスファハンの方が 簡単そうだ。ただ、僕の場合も4日残っているので、断られるケースもありえる。 そうは思ったが、ダメでもともとのつもりで、とりあえず延長オフィスを訪ねて みることにした。

 延長オフィスに行くと、窓口に英語でデカデカと「トランジットビザというのはその 性質上、絶対に延長は出来ません。これに関する質問はここでは一切しないでください」 と書いてある。これを読んで躊躇してしまい、窓口のところでマゴマゴしていると、 係員がやってきて「これを読みましたか?」と英語で聞いてくる。僕はただうなずく。 そうすると係員が続けて「意味はわかりましたか?」と聞いてきたので、困って、 「わかったけど、わかりません」と訳のわからない事を答えてしまった。係員は 「それはどういう事ですか。あなたは英語をよくわからない。だからわからない ということでいいですね」と決め付けてきた。ここはそれに従ったほうがよさそうなので、 「そうです」と言っておいた。係員は一人納得した後、「それでは、あなたは 何をしにきたのですか?」ときいてきた。「えっと、ビザの延長をしたいのですが」 と英語で答える。 おっとしまった、流暢な英語で答えてしまったと思ったが、特に彼は気にしていないようだ。 そこで、もうこうなったらどうにでもなれと、その後は普段のペースで英語で 会話する。パスポートを見せると、僕のビザがビシケクで取ったものであることに 一通り感動したあと、申請用紙をくれ、お金を払わされ(12000リアル=約2ドル) パスポートのコピーを取ってこいと言われた。どうやら延長OKのようだ。

 申請用紙に延長の訳を書く欄があったので、イランに対するおべんちゃらを一杯 書いて、それで窓口に提出した。延長に来ている人は全部で10人くらいいて、 僕以外は全員パキスタン人とアフガニスタン人だった。窓口に提出後30分くらいの 待ち時間がある。その間に宿で拾ってきた昨日の日付の英字新聞を読んで驚いた。 一面にデカデカと日本の橋本総理が辞任を表明して、7月一杯で退任することを決めた こと、次の総理としては小渕現外務大臣が有力候補であることを伝えている。 二面にも三面にもそれに関する記事が載っていた。橋本さんが辞任というニュースにも 驚いたが、イランの新聞でここまで日本の政治が大きく取り上げられている事にも 驚いた。

 さて、30分後に受け取ると、パスポートに延長の判子が押されて戻ってきた。 僕の場合も延長は10日だった。これは現在の有効期間が切れる日からカウント されるので、これからきっかり2週間この国に滞在出来るという事になる。さすがに それだけあれば充分であろう。全部で24日。普通24日滞在するには 2回か3回延長しなくてはならないのに、僕は一回の延長でその日数を稼いで しまった。本当にビシケク万歳だ。

 延長も終わった事だし、今度はこの街のアルメニア人地区をふらつく事にした。 教会の中にある博物館がなかなか面白いと評判だったので、そこを訪れてみようと 思った。イスラム教のこの国にあって、ここだけはキリスト教徒のエリア なので、きっとこの街にあっても異質な空間なのだろうと楽しみに訪れた。けれども 結果として際立った変化は見られなかった。何しろ、教会ですら外見はモスク。 玉葱型のドームの上に十字架が掲げられているのが唯一の違いで、街並みも 歩いている人々も、イスファハンの他のエリアと大差なかった。

 


いちおう教会です


 ここの博物館は、髪の毛に書いた聖書の文句だとか、世界最小の本だとか 見物が沢山あって面白かったが、教会の壁画の方により驚かされてしまった。 外見はモスクのこの教会も、内装は教会っぽく仕上がっていて、見事な 壁画が何枚も描かれている。そして、ちょうど目の高さにある壁画のシリーズが すべて拷問壁画で、そのグロテスクさに驚かされた。漫画チックには描かれて いるが、やっていることは結構すごい。トゲトゲの鉄錨の上に寝かされている キリストだとか、逆さ吊りにされて肛門から水を突っ込まれているキリストだとか 万力に顔を挟まれてもがいているキリストだとか、目を覆いたくなる様な描写が さりげなく、いくつも描かれている。今迄訪れた他の教会ではあまりこういう 絵を目にしなかったので、なんだかとっても驚いた。
 


ホテルにもホメイニ氏
 


 夕暮れ時にチャイハネに行ってみた。テヘランで会った「はったり君」が、 イスファハンに行くなら是非とも川沿いのチャイハネに行ってみてくださいと 助言してくれていたのだ。中央アジアではチャイハ「ナ」と呼ばれていたが 、こちらではチャイハ「ネ」になるようだ。「ナ」と「ネ」の違いはいったい なんだろうと思っていると、実はそれなりに違いはあった。中央アジアの方は、青空喫茶で、路上や池のまわりに寝台のような椅子とテーブルを並べて ハイおしまいだったのだが、こちらの方は、「喫茶店」という感じで、屋外も あることはあるが、基本的に室内で、なかなか凝った内装をしている。
 


チャイハネ


 僕が行ったのは川の橋脚の中にあるチャイハネで、窓から川がすぐそこに流れている のが見える、とても涼しく、気分の和む場所だった。のんびりと川を眺めながら 1時間ほどそこで過ごす。

橋といってもこんな橋

 

途中で何と日本の団体旅行客がやってきた。ウズベキスタン の時も思ったが、日本の団体旅行客というのは、本当に世界の隅々まで網羅している ようだ。7人のツアーで中に2人ほど20代半ばの女性が混じっていた。彼女たちと 言葉を交わしたが、気さくなとても楽しい二人だった。彼女たちが去った後も 隣の客が吸っている水たばこを一口吸わせてもらったり、子供達と言葉を交わしたり して、のんびりと過ごす。お茶と一緒に出てきたお菓子がこの上なくおいしかった。


 


 チャイハネの出口で、現地の女の子3人組みと言葉を交わすようになっ た。もちろん黒いチャドルを身にまとっている。

写真を撮らせてもらったり、 簡単な自己紹介をしていると、彼女たちが「アイスクリームを食べましょう」と 言ってくる。そこで彼女達について、近くのアイスクリーム屋に行くと、 彼女たちは当然のように僕にアイスクリームをおごってくれた。いままで 現地の男性にいろいろおごってもらうことはあったが、女性におごってもらうのは 初めてだったので、新鮮だった。