イランという国は僕にとっては今までにも増して何の情報も無い国だった。 知っている事といえば、イスラム教を厳格に守っている国であるということ。 何年か前に革命があって、その後アメリカと喧嘩しているという事。日本とは 石油の関係もあり極めて良好な関係にあるということ。数年前までは、その 良好な関係のためにお互いにビザ無し渡航が可能で、機に乗じた イラン人達が大挙して日本を訪れて、不法労働や、偽造テレカで世間を騒がせた こと。韓国とも仲が良くて、ソウルにはテヘラン通りというのがあるということ。

 それ以外に、旅行関係の情報としては、あの猿岩石がヒッチをギブアップして、 飛行機に乗ってしまった現場であること。彼らが街でビデオを撮っていたら 警察に捕まってしまったこと。つまり、旅行し難い国であろうということ。 まあ、どちらかというと悪い印象を持っていると言って良いだろう。 だから、ちょっと構えていた。

 昨日の疲れを引きずってか、今朝はのんびりと目を覚ます。気が付くともう9時を まわっていた。窓を開けて外を見ると、下は市場になっていて、沢山の人達の 活気で溢れていた。そして、女性の姿に驚いてしまう。彼女たちは全員がそろいも そろって黒尽くめの装束に身を固めているのだ。顔だけ外に出して、頭から すっぽりと覆われた、ちょうど修道院の女性のような恰好をしている。その後 通りに出て解ったのだが、彼女たちはこの暑さの中汗一つ掻いていない。 カシュガルのように顔自体も布で覆ってしまうほどではないが、こんなところからも この国が「イスラム教」の国なのだと思い知らされた。

 そう言えば昨日、ホテルに到着して、シャワーを浴びた後ジュースを買うため 受付の横にある売店に行こうと歩いていると、トルクメニスタン人の商人 のおばちゃんに激しく注意された。最初、何を言っているのかわからなくて、 戸惑っていたのだが、彼女のジェスチャーですぐに事情を把握した。問題は 短パンだった。ホテル内だから良いだろうと油断していたが、それでも短パンは いけない そうだ。そして、今朝このおばちゃんにもう一度注意された。今度は靴下だった。 この街では外に出る時は必ず靴下を着用しないといけないのだそうだ。 女性の場合だけではなく、男性の場合だって厳しい服装のルールがあるのだ。

 この「注意おばちゃん」のお陰で、両替にも成功した。ホテルの中の一室で 商売をしているパキスタン人のおじいちゃんが1ドル5550リアルのレートで 交換してくれた。その時は100ドル交換し、午後今後の事を考えてもう100ドル 交換しに行ったのだが、今度はレートが5520リアルと下がっており、その事で 文句を言うと5550リアルに戻してくれた。きっと5550と言うのも悪くないレート なのだろう。ところで、瓶入りのコーラが一杯400リアル。この国の物価は 今までにも増して低いようだ。

 お金も手に入れた事だし、ホテルの周りを歩いてみる。この一角は買い物エリア らしく、活気に溢れている。優しそうなおじいさん達が路地に座って、 こちらに微笑みかけてくれる。 早速手ごろな食堂を見つけて中に入ってみた。ここは どうやらメニューに選択の余地は無いらしく、あれよ、あれよと言う間に大きな チャパティー(薄いパンみたいなもの)と細切れにした羊の肉を串に刺して焼いたもの (シシカバブ)と小降りのトマトを同じく串に刺して焼いたもの、それに こちらのローカルコーラである「ZAM ZAM」が出てくる。なかなかスパイスが効いていて おいしい。ただしコーラはちょっと薬くさかった。これで5000リアル。1ドルしない 。

 1時間ほど散策して、一度ホテルに戻ってきた。ここもまだ暑い。よっぽど 疲れていたのだろう。またしばらく横になることにした。2時をまわって、行動再開 である。ホテルの売店の男がこのホテルの中では一番英語が通じそうだったので、 彼に観光名所の情報を聞くのが良いと思った。彼は昨日から僕にキンキンに 冷えた水をくれたり(イランの水道水は飲んでも全く問題無い)、なにかと 親切にいろいろ教えてくれていたので、話もしやすい。果たして、彼を捕まえて 「お勧めの場所はどこだい?」と聞くも、どうやら通じていないらしい。 そこで「美術館だとか、モスクだとか、公園だとか」というと、「公園」という 言葉だけ彼は解ったらしく、二つ公園の名前を紙に書いてくれて、ここから3キロ ほどの距離だと教えてくれた。

 そこで、早速タクシーを捕まえてその公園まで行ってみることにする。タクシー と交渉すると10000リアルだった。2ドル弱。この国に入って タクシーを利用するのは初めてなのでまだこれが高いのかどうかわからないが、 ボラれたとしても腹が立つ金額でもないので、交渉もせずに彼に従った。 ところが、その公園とは市内から3キロどころか、ゆうに10キロ以上あった。 この国のタクシーは相乗りが基本らしく、何度も乗客を拾っては、降ろして行く。 途中でガソリンスタンドに寄ったのだが、そこでまたびっくり。なんと 30リットル以上もガソリンを入れて、1ドルもいかない。そういえばここは 産油国である。それにしても、燃料が余りにも安い。

 ところで、ようやく辿り着いた公園は、遊園地と動物園だった。特に興味はなかったが 、はるばるやってきたこともあって、動物園だけでも見ておく事にした。入場料 は2000リアル(50円くらい)だった。この動物園には虎とかライオンとかが盛大に いて、それが面白かった。ちょうど虎の檻では係員が虎に水浴びをさせているところで、 それを見ているのが面白かった。

 



 帰りのタクシーはメータータクシーだった。ここでまたびっくり。 メータータクシーを見たというのも驚きだったが、このタクシー の時計を見ると、僕の時計の時刻と30分ほど異なるのだ。彼の腕時計を見せてもらっても、 同じように30分ほど異なる。時差だ。すっかり忘れていたが、この国と トルクメニスタンの間には30分の時差があるようなのだ。 僕はあわてて時計を30分もとに戻した。
 


マシュハドの街並み


 ホテルに帰ろうとしていたのだが、途中で青や金色のドームが輝いているのが遠くに見えた。 何だろうと思い、予定を変更してそのドームの近くで降ろしてもらう。周りは工事中 らしく、中に入れるかどうかわからなかったが、とりあえず入り口らしき所まで 行ってみた。ここはどうやらこの街一番の名所らしく、沢山の人達がその 建物の中に消えて行く。僕も入り口でバックを預けて、身体検査を受けて 、中に入ってみた。最初の建物の中に入ると、中からおじさんが出てきて 「日本人かい」と声をかけてくる。うなずくと、彼に促されて「ツーリストインフォメーション」 と書かれた部屋に連れて行かれた。そこで英語を流暢に話す別のおじさんに 説明を受けた。
 


遠くからも目をひくイマーム・レザー


 「残念ながら異教徒はこの建物への立ち入りを禁止されているのです。ただ、 その代わりと言っては何ですが、この建物のポスターを無料でプレゼントいたしますので、 ここで御引き取りください。またなにか観光に関する質問がありましたら、 このパンフレットに書いてある電話番号に電話して問い合わせてください」

 なるほど、やっぱりここは異教徒が立ち入り禁止されている場所のようである。 こっそり入ろうと思えば入れたのだが、ここまで丁重に説明されているのにも かかわらず中に入るようなことはしたくなくて、だから素直にここで退散する ことにした。地図を見るとどうやらやはりここは街の中心に位置する「聖なる モスク」なのだそうだ。

 ホテルへの帰りがけにまたびっくり。なんとコカ・コーラとペプシ・コーラを 売っている店を見かけた。この国はアメリカと喧嘩していて、アメリカ資本の 会社はここに入ってきていないはずなのに、コーラが存在するのは驚きだ。 値段を聞くと、ローカルコーラのZAM ZAMと同じ400リアルである。さっそく一本頼んで みた。そしてまたびっくり。味はZAM ZAMそのものではないか。つまり偽物、というか、昔のボトルを再利用したZAM ZAMコーラというわけ。 それに陳列されているコーラの量はどれもまちまちだ。なんだかおかしくなってしまった。

 長いバザールを抜けて、ホテルに戻ってくる。そこはバザールというよりも 屋根も付いており、ショッピングモールという感じがする。途中には 無料の給水場もたくさんあって、僕がイメージしていたイランとは全く 違うモダンな空間だった。店もありとあらゆる物が揃っていて、とても 豊かに見える。沢山の人達に声をかけられた。外国人は珍しいらしい。

 


まず一枚撮ると

すぐに人が集まってきた
 

バザール全景

現地の人を撮らせてもらえるのはいつもうれしい
 

 


 夜は、またアルスランと彼のお父さんと沢山の話をした。彼らは布をトルクメニスタンから 運び、それをイランで売り、イランでは主に服を仕入れてそれをトルクメニスタンで売っているのだ そうだ。一週間単位で、この二カ国を行ったり来たりしているのだと言う。 普段はお父さん一人で行き来している。 今回は子供用のシャツとパンツを仕入れていたが、聞くところによると、この シャツ一枚が30セント。それを40セントで売るのだという。一枚につき10セントの 儲けだ。それから他にガスコンロもあったのだが、これは3ドルで仕入れたものを 4ドルで売るのだそうだ。つまり1ドルの儲けということになる。商人というのも 大変なものだなあと思い、また驚いた。