バスは2時40分発なので、まあ2時頃にはバスターミナルに居ればよいなあと 計算していた。昨日もまた当然のように蚊の襲撃に遭い、またあまり眠っていない。 だから午前中はどうしてもウダウダしてしまう。本格的に蚊対策を考えないと いけない。そうじゃないと、眠りが浅く、そのためにいつも頭が 朦朧としてしまい旅がだらけてしまうのだ。 それにしてもなんでこの国には蚊取り線香というものが無いのだろう...。

 11時少し前にホテルをチェックアウトして、お気に入りのリャビ・ハウズに あるチャイハナに行こうと思った。ここから歩いて30分程の距離である。最近は バックパックも大分軽くなってきた事だし(といっても軽く15キロ以上はある) 、体力も大分回復してきたことだし、そこまで歩いて行こうと思った。ところが 500メートルほど歩いたところにある、郵便局で葉書を出した途端にバテテしまった。 何度も書くが、炎天下である。あっという間に汗が噴き出て、のぼせてしまうのだ。 だから、タクシーに手をあげて、リャビ・ハウズに言ってもらう事にした。

 交渉は70ソムでまとまった。向こうは100といい、僕は50といい、結局 ほぼ中間でまとまったのだ。ところがリャビ・ハウズに着くなりドライバーは 100よこせと言う。まただ。ウズベク人というのはどうもこすっからい。なんだか インド人を想像させられる。大抵の人はみな親切だし、親しみやすいし、良い人ばかり なのだが、特にタクシーの運転手や店のおばちゃん達はいつもこうなのだ。一度 約束した料金を守らないと言う事に対しては僕はどうしても許す事ができない。(実際 今回は他にもう一台タクシーが止まっていたのだが、安く交渉がまとまったので こちらのタクシーを利用したのだ)だから久々に怒鳴ってしまった。そうすると 彼はまるでしかられた子供のように「わかった70でいいよ」と口をヘの字にしていた。 そして、その後僕のご機嫌を取ろうとしていた。

 リャビ・ハウズのチャイ・ハナでは時間がゆっくりと、けれどもあっという間に 過ぎて行く。また池で遊ぶ子供をのんびりと眺め、ゴク・チャイという緑茶の 一種(といっても日本茶からは程遠い)やピーマンに羊の挽肉と米を詰めて煮込んだ ものなどを食べた。コーラも何本か飲んだ(ここのはキンキンに冷えている!)。 チャイ・ハナのおやじともくだらない話をしたし、高校生ほどの年頃の従業員達とも ジャレあった。平和な日常が繰り広げられていて、僕はそんな空間を心地よく漂って いた。そして時間がやってきた。

 彼らに別れを告げて、今度はおとなしく最初からタクシーをつかまえてバスターミナル を目指す。今度のタクシーは本当のタクシーだった。(さっきのは白タクだった) ただし料金は通常100くらいの距離なのに200とられた。といっても 交渉して200だったので、特に文句はなかった。

 ところで、バス停に着くなり早速問題が発生した。チケットを買おうと意気揚々と 窓口にむかったのだが、何故か今日のバスは夕刻5時発だというのだ。ここから ウルゲンチまでは結構な距離があり、昨日聞いた時には7時間半かかると言われている。 つまり、時間通り5時に出発したとしても、ウルゲンチに着くのは深夜12時を回って いる計算だ。これはちょっと辛い。困って、バスターミナルの前をうろついていると、 4人組みの西洋人がタクシーの運チャンと交渉しているところに出くわした。 彼らに話をきいてみると彼らもこれからヒバに行くのだそうである。ヒバと ウルゲンチは20キロほどしか離れておらず、大抵の旅行はウルゲンチを起点に ヒバ観光を行っている。

 結局彼らに便乗できる事になった。これはありがたい。Daewooのミニバンに 乗り込み、早速出発という運びとなる。料金は一人2000ソム。1500円程度 という勘定だ。彼らはイタリア人で4人で旅をしているのだそうだ。年はみな40 代前半というところだろうか。「今回は1ヶ月しか休みがなくてねえ」などと言っている。 さすがイタリア人だ。

 最初の数十キロは両脇に畑の広がる緑の中を走った。これも旧ソ連の灌漑事業の なせる技だ。昔は砂漠の中に島のように浮いていたであろうオアシスの街ブハラも 今では緑に囲まれている。ところがその先がすごかった。緑の畑はやがて 緑の多い砂漠になり、緑の少ない砂漠になり、やがて砂丘になったのだ。 黒いアスファルトの一本道が、褐色の砂の海にぽっかりと浮いて遠くまで 続いているのが見える。どこまでもまっすぐだ。そしてところどころでは道は砂を かぶっていて、道が半分埋まっている。もちろんあたりは炎天下だ。 中国の砂漠を横断した時は季節が春だったので、天候は穏やかだったり、あるいは 寒かったりすらしていた。けれどもこの砂漠は炎天下だ。本来の砂漠の厳しさ というのを知ったような気がした。

 


羊飼い

砂漠の中を進む


 持ってきたミネラルウォーターはすぐにお湯になった。それを我慢して飲み続けるが、 どうしても冷たい飲み物ばかりを想像してしまう。けれども、行けども行けども街は もちろん村や集落さえも見当たらず、だから僕は乾いた空気の中で冷たいオレンジ ジュースの想像を巡らすしかすべが無かった。そんな中を車は4時間以上走ったんじゃ ないだろうか。ようやく一つの集落が出現し、そこで軽い休憩をとった後、前方に湖が見えてきた。 砂の中にぽっかりと浮かんだ青は、この上なく美しく見えた。湖を越えるとまた ずっと緑が続いていた。ようやく人間の匂いを感じる事ができた。それはとても 安心できることだった。

 僕は当然ウルゲンチに向うのだと思っていたが、イタリア人によるとヒバでも 宿泊出来る場所があるのだそうだ。そしてどうせ観光の目玉はヒバなのだから、 ヒバまで行ってしまおうということになった。9時すぎに茶色い城壁をくぐり抜け、 僕は彼らの推薦の宿、「アルゲンチ」というところに落ち着く事になった。 みんなクタクタに疲れていた。