小さな四角いテーブルを囲んで、胡座をかいて、7.5度の強めのビールを飲んで、 なんだか落ち着いてしまう。良く分からない会話に囲まれていても とてもリラックスできる。ここはどこの国だっけ。気が付くと僕はまた 韓国人に囲まれている。スンギュと、彼の友達と、それから11時過ぎに 訪ねてきた韓国語の先生と一緒に酒を酌み交わしている。それはとても 心地の良い空間だ。

 結局またビョンジュだった。彼がまたいろいろと手配をしてくれた。僕が ビシケクに戻る日に、ちょうどアルマティーからビシケクに戻る友人がいるから 一緒に行ったらどうかと昨日から言われていたのだ。ビョンジュはその 知り合いの了解をとってから 明日の朝にでも電話するよと言っていたのだが、ちゃんと10時過ぎに 電話が入って、その友人が僕を連れていってくれる事に合意してくれたと教えて くれた。 今日のアルマティーはまた雨が降っていて、こんな中、街の外れのバスターミナルまで 行って、バスに乗ってというのが大変だなあと思っていたので渡りに船だった。 

 とりあえずビョンジュの家に行って、それからまた韓国料理の昼飯を食うともう ビョンジュの友人、スンギュとの約束の時間になってしまった。もう一度ビョンジュ に別れを告げる。やっぱり彼とはまたどこかで逢えそうな気がする。だから 今回は落ち着いた別れだった。「また会おうね」と言って別れを告げる事が出来た。 彼には本当にいろいろと感謝している。

 スンギュは僕と同じ歳だった。彼には既に3歳の子供がいるのだそうだ。ビョンジュは スンギュが英語を話せない事を気にしていたが、彼はゆっくりではあるがきちんと した英語を話す。だからそれ程問題無くコミュニケーションをとることが出来た。 彼の車は現代の最高級セダンである。だから揺れも少なく、バスなんかよりもずっと 快適な旅が出来そうだ。

 すぐに彼はガソリンを入れるためにスタンドに入った。そこはナギズの家の すぐ側だった。心が熱くなる。今回、ナギズに連絡を取ろうかどうかで最後まで 迷った。会いたいのであれば電話をするべきだったのだが、どうしても それができなかった。一つには、彼が今とんでもなく忙しい時期であるという事を 知っているという事。それから何よりもたった1週間前にものすごい劇的な別れを しておいて、更につい先日彼に感謝の手紙をしたためたばかりでまた ひょっこりと顔を出すのがどうしても照れくさかったのだ。あの時の 別れを大切にしたいと思った。だから今回は最終的に連絡を取らない事にした。

 けれどもこうして彼の家のすぐ側に来るとどうしても彼に逢いたくなる。やはり 彼に連絡を取っておけば良かったと、少し後悔してしまう。 スンギュがガソリンを入れている間中、僕はずっと彼の事を考えていた。でも もう引き返す事はできない。何も知らないスンギュは、ガソリンを入れおわると、 さっさとアクセルを踏んで、ナギズの家からどんどん遠くへとスピードを上げた。 街にもう一度別れを告げなくてはならなかった。

 空が迫ってくる。黒い高級セダンでこの平原を飛ばしていると、突然そんな 感覚に捕らわれた。雨は既に止んでいて薄い雲が遠くの空に浮いているのが見える。 太陽の光がやさしくあたりを照らしている。そして上空の風はかなり強いらしく、 雲はとても速いスピードでこちらに向って迫ってくるのだ。視界には 緑の草原の他にも黄色や赤の花が咲き乱れて、それは、それはのどかでは あったのだが、空の動きが激しくて、その対象がとても際立った。

 


黒い高級セダンとスンギュ


 スンギュはテコンドーという韓国武術の講師としてビシケクに赴任してきたそうだ。 3ヶ月前のことだという。とは言っても彼はそれまで5年間もアルマティーに いたそうで、だからロシア語はペラペラだし、この辺の事はとても良く知っている。 英語よりもずっとロシア語が得意なのだと教えてくれた。

 3時間ほどで着いたビシケクでは、僕は前に泊ったのと同じ90ソムのドミトリー に行こうと思っていた。だからスンギュにもその旨を伝えておいた。彼は実際に そこまで連れていってくれ、僕らはチェックインもした。その後スンギュに 夕食を招待されていたので、僕らは荷物を置くとすぐに彼の家に 向ったのだが、その道すがら彼は「あのドミトリーはどうも危険だ」 と言いはじめた。そして「今日は 僕の家に泊っていきなよ」と言ってくれる。僕としては以前もそこに泊っていた訳で、 だからそれほど危険は無いと思ったのだが、彼がもう既にホテルに向けて車を 走らせていたので、おとなしく彼に従う事にした。そういう訳で、僕は いつのまにかスンギュの家にお世話になることになった。  

 スンギュの家には彼の奥さんと3歳になる男の子。それから彼が兄と慕う彼の 友人が待っていた。彼らと外でフライドチキンを食べ、それから公園でビールを 飲んだ。そして家に帰ってきて落ち着いていると、11時ころにまたもう一人 韓国語の先生が訪ねてくる。こんな風に沢山の人が集まる家というのはいいものだな と思った。そして僕は7.5度の強いビールに心地よく酔っ払った。

スンギュ一家