チムケントから更に150キロほど先に行ったところにトルキスタンという街が ある。ここにはコジャ・アフメット・ヤッサヴィ廟というイスラム建築があって、 そこが是非とも見所であると複数の人から言われていた。昨日会ったアルマンにも アルマンの叔父さんにも同様の事を言われていた。だからそこを訪れることにする。

 まずバスターミナルに行く。タクシーで70テンゲ。そこでバスを探そうとすると 早速複数のタクシーの男達が僕に話し掛けてきた。「タシケントかい、トルキスタンかい?」 乗合タクシーの制度があるというので一応料金をきいてみたら、なんと3500テンゲ というではないか。話にならないので、「バスで行くよ」といって とにかくバスターミナルの中に入る。バスを探していると、さっきから僕に 付きまとっていた愛想の良いタクシードライバーがまたやってくる。彼は 「いくらなら行く?」とニコニコしながらきいてきた。そもそも相場がわからないので、 「いくらで行ってくれるのか、教えてよ」と聞くと、しばらくの押し問答の後に ようやく「35」と言ってきた。こりゃあずいぶん安いなあと思ったら、やっぱり それはドルだった。けれどもその時ちょうどバスが来て、バスの料金が 150テンゲ(300円ほど)だということが分かったので、僕は当然のようにバスに乗る。 出発まで1時間も待たなくては行けなかったが、特に問題無かった。待つのには もう慣れている。

 3時間ほどかかって草原を駆け抜け、お目当てのコジャ・アフメット・ヤッサヴィ に到着する。バスはわざわざ僕のために途中で止まってくれた。お礼を言って 運転手と手を振って別れる。それだけでうれしかった。

 コジャ・アフメット・ヤッサヴィ廟は工事中だったのがちょっと残念だったが、 薔薇が咲き乱れる庭園の向こうにどっしりと構える、荘厳な建築で、確かに一見の 価値はある。が、3時間かけてきて、これだけというのはちょっと物足りない気が したのも事実だ。中はほとんど見れないし、そのほかには特に何も見るものがないのだ。 それでも1時間以上はうろうろしただろうか、そろそろ帰ろうと思い、バスを つかまえに通りに出た。バス通りはここから200メートルほど先に行ったところだ。

 


薔薇の向こうの荘厳な建物


 途中で男に時間を聞かれた。これはこの国では良くある事だ。大抵の人が時計を していないので、彼らは腕時計をしている人を見かけるとすぐに時間を聞いてくるのだ。 昨日アルマンと街を歩いている時には、アルマンは時計をしていたので10回以上 時間を聞かれていた。僕は彼に時計を見せて、そのまま通りを目指す。ところが 彼はあとから僕に付いて来ていろいろと話し掛けてきた。僕が外国人だということに 興味を持ったらしい。そしてチムケント行きのバスを拾うのを手伝ってくれる。 25歳なのらしい。
 

 


 けれどもなかなかバスは止まってくれない。困っていると、彼は 「そういえばあっちのバス停からチムケント行きがあるよ」と言う。そこで彼に 付いてまたコジャ・アフメット・ヤッサヴィ廟の方にもどり、その先に停まっている バスのところまで行ってみるが、このバスもチムケントには行かないとの事。 これ以上彼に付き合ってもらうのも悪いので、「また通りに行ってバスを 拾ってみるよ」といって彼と別れようとした。すると彼は突然「カメラをもっているかい?」 ときいてくる。うなずくと「あっちの方の景色が奇麗だから一枚撮っていきなよ」 と笑顔で言った。
 まあそれも面白そうだなあ、せっかく来たんだしなあと思い、彼に付いて行くことに するが、 なんだかどんどん人気の無い方に行く。ちょっと警戒しはじめた。突然 彼が強盗に豹変するケースだって考えられうるのだ。彼が更に先に行こうとする中、 「ここでいいよ」と言い、写真を数枚撮った。早くその場を去りたかったのだが、 彼はデジタルカメラのすぐ映像を見れる機能を見つけてしまう。そして写真を 見終わった時、彼はやっぱり豹変した。とはいっても強盗に豹変したわけではない。 なんと「女」に豹変したのだ。

 


犯人はこいつだ


 写真を見た後、彼は「キャーステキ!」などと言って、僕にキスしてきた。 ほっぺにキスというのは、この国では親愛の情を示すために男同士でも するそうなので、それには戸惑ったもののそんなものだ と納得した。けれども彼は次にいきなり僕の唇にキスして、なんと舌まで 突っ込んでくるではないか。と同時に彼の右手は僕の股間に伸びていて、激しく 揉みしだき始める。一瞬力が抜けてしまったが、すぐに 「ちょ、ちょ、ちょっと待ったあ」と言って彼を引き離した。彼はニコニコしながら 僕の手を引いて更に奥に連れて行こうとする。僕は当然首を振る。そして 「もう帰らなきゃ」といってとにかく人気のある方にと歩いていった。幸い その後は何事も無く、売店などのある場所まで帰ってくる事が出来た。 正直言って驚いた。そしてちょっと恐かった。

 バスは結局つかまらなかった。けれどもその先に乗合タクシーが待っていて、 300テンゲでチムケントまで連れていってもらえる事になった。乗用車の 後ろの座席に男が4人も乗せられたのには、びっくりしたが、3時間かかった道のりを 2時間で走破したので、まあ良しとしよう。チムケントに近づくなり、空が どんどん暗くなっていって、そしてついに大雨が降り出したのが印象的だった。

 難しい一日は、「ゲイに襲われそうになる」事件だけでは終わらなかった。 その後も受難の一日は続いたのだ。それはウォッカだった。僕は夕食を取りに 近くのレストランへと行ってみた。また言葉に苦労しながらもマンティーという 肉まんの様なものを食べた。それにビールだ。そうこうしているうちに隣の テーブルから声がかかった。4人組みの彼らはウォッカを飲んでいるところで、 僕もいつのまにかその輪に加わる。最初は拒んでいたが、それもできなくなり 僕もウォッカを少しだけ飲む事になった。けれどもボトル二本あけたところで、 さすがにこれ以上飲むのは危険だと感じ、さらに言葉もロクに通じない彼らとの あいだがこれ以上持ちそうにもなかったので、会計を済ませて帰ろうと思った。

 実際に僕は店員にお金を払い、その場を後にしようとした。その時に彼らの 飲んだウォッカ2本分のお金もこっそり支払っておいた。楽しませてもらった ささやかなお礼のつもりだった。けれども僕は帰れなかった。彼らに別れを 告げにテーブルに戻ると、彼らが僕を引き止める。しょうがなくまた座らされ、 彼らはまた勝手にウォッカを注文し、僕も飲まされる羽目になった。まあそれでも それは楽しかったので良しとしよう。いつのまにか彼らは別のテーブルにいた 女の子も呼び、更に彼女たちのために食事なども注文する。

 その後僕がトイレに行こうと席を立ったところ、リーダー格の男が僕について 来てこういった。彼女達の食事の分を出してくれないか。きっと彼らは僕を 楽しませる為もあって、彼女たちを僕らのテーブルに呼んだのだろう。そして、 見栄を張って、飯でもご馳走すると言ったに違いない。そう思い僕はそのお金を 持つ事に合意した。とはいっても財布の中にはお金はほとんど残っていなかった。 100テンゲほどだ。だから「これだけしか出せないよ」と財布からお金を 全部出して、彼に渡した。ところが財布にはテンゲの他に100ドル紙幣が 一枚入っていて、彼はそれを目ざとく見つけてしまい、これもよこせという。 彼が酔っ払っているのは分かったが、それは絶対に渡せない。なんどか取り合いを したあとで、ようやくそれを取り戻した。

 ちょっとぎくしゃくしてしまったが、僕はこれ以上ここに居るのは良くないと 思い、そこで本格的にみんなに別れを告げて、外にでた。するとまたリーダー格 の男が付いてくる。しつこく金を出せと言うのだ。しかし僕としては 自分の食事代、彼らのウォッカ代二本、女の子の食事代半分を既に出しているので、 これ以上出す必要は無いと思った。しばらく言葉の通じない話し合いが続く。 すると中から一緒に飲んでいた内の若い一人だ飛び出してきた。そして リーダー格の男と激しく言い争いをしている。なんとなく「 カザフスタン人としてこんなことをして恥ずかしいと思わないのか」と 言っているのがわかった。リーダー格の男はかなり酔っ払っているので、 もう普通の話は通じない。

 若い男のお陰で、僕はリーダー格の男と別れを告げる事ができ、更にその 若い男に送ってもらい一人暮らしのアパートに戻ってきた。楽しかったはずの 夕食が、難しいものになってしまった。財布の中に100ドル紙幣なんて入れていた 僕にも否はあったのだろう。けれどもとても残念な気がした。