今日もビョンジュだった。彼は午前中に僕にZIPドライバーをもってきてくれる。 ZIPとはフロッピーディスクの親分みたいなもので、フロッピーが1.4メガの容量 しか無いのに対し、ZIPはなんと100メガの容量がある。これがあれば、今迄のように フロッピーを100枚も買い込んできて、取り貯めたデジタルカメラの映像のバック アップを一日かけて取る必要もなくなる。先日彼に会った時にハードディスクの 容量が足りないと嘆いていたら、彼がどこからかこのZIPドライバーを仕入れて来て くれたのだ。そこで僕のもっていたCD-ROMドライバーとそのZIPドライバーを 交換してもらうことにする。コンピュータ関係で最大の懸案だったハードディスク容量 の不足が彼のお陰で一発で解決した。CD-ROMドライバーもZIPドライバーも重さは ほとんど同じなので、僕にとっては願っても無い交換だった。

 それから僕らはカザフスタンホテルの一階に入っている韓国料理のレストランに行った。 ここはきっと高いだろうと思っていたのだが、ビョンジュによると以前は高かったのだが、 あまりにもお客が入らないのでかなり値段が下がっていて、結構お得なのだと教えて くれた。確かに、焼き肉(フルコギ)をお腹いっぱい食べて、付け合わせに 10皿もの小鉢がついて、ご飯をたらふく食べて、それで一人5ドルというのは 安いだろう。さすがに韓国レストランだけに、韓国人が沢山居る。そして ここに住んでいるビョンジュは当然沢山の知り合いがおり、彼は挨拶にいそがしい。

 と、食事を済ませて会計に向ったはずの集団にいた一人が僕らのテーブルに引き返してきて、 なにか韓国語でまくしたてた後、僕らの伝票をもっていってしまった。 彼らはビョンジュが「宣教師の一家」と紹介してくれた人達だ。なんでも カザフスタンはかなり小さな街であっても韓国人の宣教師が在住しているのだ そうだ。ビョンジュはそんな宣教師の一家を慌てて追いかける。どうやら 宣教師の一家が僕らの昼食代をもってくれようとしているらしいのだ。 ビョンジュはなにやら一家と話をしている。僕も一緒に行った方が良いかなあ とも思ったが、なんだかまた話がややこしくなるような気がして、大人しく 席で事の成り行きを見守っていた。こんな形で食事をおごられるのは始めてだったので、 少々戸惑った。これが韓国式なのだろうか。

 


街の教会とビョンジュ


 食事が済むと、僕のリクエストで中央マーケットに行くことにする。その街 についたら必ずマーケットに行くようにしているのだが、この街ではまだ訪れていない。 そろそろこの街を出ようと思っているので、是非とも行っておきたいと思い 訪れてみた。土曜日だからだろうか、マーケットに行くまでの道すがらで フリーマーケットのようなところを通り過ぎる。みんな家で不要になったものを 売っているようだ。本屋、衣類、それに良く分からない機械の部品など本当に 売れるのかと思うようなものばかりだ。なかでも一番良く分からなかったのが、 きゅうすの蓋だけ売っていた事だ。いったい誰がそんなものを買うのだろうか。

 それからビデオ屋さんがたくさんある。半分は普通の映画だが、半分はアダルト ビデオだった。この国では結構そういう分野が自由らしい。 白昼堂々と、誰もが通るようなキオスク(売店の事をこう呼ぶ)に綺麗に アダルトビデオが並んでいる様を見るのは、不思議な気がする。パッケージは それほどどぎつくはないが、これで誰も文句は言わないのだろうか。 ビョンジュによると 普通のテレビでも金曜と土曜の深夜にはアダルトビデオが流れるのだそうだ。 「いい国だよ」彼はしみじみとそう言った。

 マーケットは体育館を大きくしたような建物の中にある。ドライフルーツ、 惣菜、生肉、魚、野菜、果物、花など生鮮食料品関係が所せましと並んでいた。 そして各コーナーでそれぞれ売っている人達の民族が異なるのが印象に残った。 ドライフルーツを売るのはトルコ系、惣菜は朝鮮系、肉はカザフ系、野菜、果物は ロシア系といった感じだ。ビョンジュは初めてこのマーケットに来た時に 沢山の朝鮮民族がここに居るのをみて、ショックを受けたのだそうだ。 知識としてこの地に沢山の朝鮮民族が暮らしているのはわかっていても、 実際にそれを目の当たりにすると、感じるものがあるのだろう。

 


肉屋さん

市場はいつもカラフルだ

陽気な人々が気持ちよい

たくさんの味見をした


 マーケットの人達は皆親切だ。僕が写真を撮りたいというジェスチャーを するとみな「どうぞどうぞ」という感じで被写体になってくれる。そしてその 映像を見せると今度は僕も撮ってくれ、私も撮ってくれということになり、 カシュガルで体験したような世界が繰り広げられ。ただし、今回はビョンジュが いたのであまり彼らとの交流に時間を使うわけにはいかなかった。  一通り市場を周った後、ビョンジュとまた市内のあちこちを歩き回った。

 

 夜もまた韓国人だった。現地で暮らす韓国人女性2人と僕らで食事を 取ろうということになっていたのだ。新しく出来たアンバサダーホテルという ところでオープニング記念で10ドルでフルコースが食べられるというのが あって、それに行くことにした。やってきた女性二人は伴に国連に勤める 二人で、サンはユニセフ、ジヒはUNDP(United Nations Development Program) というところに属するのだと教えてくれた。二人とも国連に勤めているだけ在って かなり英語に堪能なので助かった。(ビョンジュとの間ではあるていど 時間をかけた会話をする必要があった)
 


ジヒとサン、それからビョンジュ


 彼らとの時間はまた楽しいものだった。国連の事もたくさん教えてもらった。 たとえば国連の職員は自分の国のパスポートの他にも「UNパスポート」というのを もっていて、公用の場合にはそのパスポートを使って旅をするのだそうだ。 それから彼女達はジュニアなんとかプログラムというシステムで国連に採用 されているのだそうで、これは各国の国連に対する資金の拠出割合に応じて その国の人を何人か採用するというプログラムなのらしい。韓国人は5人の 割り当てがあるのに対し、世界第二位の拠出国である日本は50人の枠が あるのだと言う。

 その他北朝鮮の話にもなる。サンは私は「韓国人だから」是非とも国連の 職員として、北朝鮮で働いてみたいとは思っているけれど、「韓国人だから」絶対 に無理でしょうねえと言っていた。カザフスタンにも北朝鮮人は居るのだそうだが、 彼らとは全く接触は無いのだという。アルマトイには北朝鮮大使館もあるらしいのだが、 誰も場所は知らないのだそうだ。一度国連の仕事で北朝鮮大使館の場所を調べようとしたのだが、 電話番号は分かるので電話で問い合わせても、場所は教えてもらえなかったのだ そうである。正確には住所は教えてもらったのだが、それは存在のしない住所だった のだそうだ。

 みんなにカザフスタンに来て何に一番驚いたかをきいてみた。サンとビョンジュ はだいたい同じで、「こんなに発展しているとは思わなかった」そして「ここに 来てからの変化の速さに驚いている」のだそうだ。サンはここに16ヶ月、 ビョンジュは2年滞在している。ところでジヒはおもしろい女の子だ。彼女が 驚いたのは「アパートの入り口が暗い事」なのらしい。彼女はどこか抜けている ところがある女の子で、財布の中がぐちゃぐちゃだったり、自分で 家に招待しておきながら、「でも5分ここで待っててね。いま急いでかたずけるから」 と言ってみたり、彼女の家に行ったら行ったで、必死にバックを探しはじめて 最終的に「あ、そういえばオフィスに置いたままだったわ」と舌をだしてみたりと 行動がとても面白い。ビョンジュが韓国語で話しはじめると、「ノリがいるんだから みんな英語で話しましょ」などと言ったとたんに、自分から韓国語で話したり する。そんな様子を見ていると、おかしくてなんだか笑ってしまった。

 そんな彼らと話をしていて感じた事が一つある。彼らはとても自信に溢れているのだ。 韓国人である事をとても誇りに思っている。現在の経済危機については事実として 受け止めてはいるが、韓国人とは世界で活躍している国民なのだということを 自負している。そしてそれはとても素晴らしい事だと思う。

 結局僕らは12時近くまで他愛の無い会話に盛り上がった。今日は自分が カザフスタンに居るんだか、韓国にいるんだかわからない一日だった。