1DKのアパートの部屋にいて、お互いに昼間からビール壜をラッパ飲みして、 僕はなんだかおかしくなってしまった。アルマトイにこんなに長く居るのに、全く 退屈しない。いつもそこらここらに小さな事件が転がっていて、毎日が飛ぶように 過ぎ去って行く。今日の事件はいつものカフェに転がっていた。出会いはいつも そこにあるのだ。

 今日も午前中はいつもの予定を消化する。ロシア語レッスンにインターネット。 それだけで午前中は終わってしまう。今日も僕は1時間でインターネットを切り上げた のだが、バネッサはなにやら真剣になっていて、結局3時間ほど粘っていたようだ。 彼女が真剣なので、僕は彼女を置いて一人昼食に出かけた。そしてそこで僕らは 出会った。

 確かに周りの人から彼はチョットだけ浮いていた。彼と一緒に飯を食っていた人は 明らかにカザフ人的要素を兼ね備えており、周りの景色に溶け込んでいたのだが、 彼だけがくっきりと浮かび上がっていたのだ。だから僕はこのカフェに入った時から なんとなく彼を意識していた。どこがどう浮かびあがっていたのかはなかなか うまく説明できない。でも、あえていうならば、彼に僕と同じ匂いを嗅ぎ取ったのだ。 彼もそれは同じだったようだ。視線こそ合わせなかったがなんとなくお互い意識 しあっているのが分かった。

 彼らの会話が耳に飛び込んでくる。やっぱりそうだ。彼らは日本語と同じ リズムの言葉でしゃべっている。韓国語だ。一年前僕は韓国にいた。あの時 日常的に聞こえていたリズムの言葉が心地よく響いてくる。彼は、明らかに僕を意識しながらも、 もう一人との会話に熱中していた。けれども、ついに痺れを切らしたのか、僕に 話し掛けてくる。英語でだ。「どっからきたんだい」「日本だよ」「そうだと 思ったよ」「君は韓国人だろ。アンニョンハセヨ」お互いまるで最初から そのことを知っていたかのように会話が滑らかにすすんで行く。

ここには 歴史的な悲劇によって多くの朝鮮民族が暮らしている。日本の支配を嫌って ロシアに逃げた朝鮮民族が、スターリンの時代にこの地に強制移住させられて きたのだ。けれども、直感的に彼はその子孫ではなく、最近韓国からここに 来たのだと思っていた。そしてそのことを確認すると果たしてそのとおりだった。

 カフェでいくつかの会話を重ねる。「日本にも青年海外協力隊ってあるだろ。 あれの韓国版もあって、そのプログラムで二年前からここに来ているんだ。 でも、あと一ヶ月で任期も終わって韓国に帰る事になっているんだ。そしたら 君と同じように僕も長い旅に出ようと思っているんだよ」やはり彼とは 通じるものがある。そう思った。彼、ビョンジュは24歳。大学を卒業して すぐにここにやってきたのだそうだ。そして飯が終わった後も、なんとなく 成り行き上彼の家に招待された。彼はそのカフェの入っているアパートに住んでいて、 月200ドルでそこを借りているのだそうだ。

 


ビョンジュ


 彼の専門はコンピュータで、そこら中にコンピュータ関係の物が転がっていた。 僕がコンピュータをもって歩いているということを教えると、当然それに興味を 持つ。一度ホテルにコンピュータ機材を取りに行き、彼にいろいろなことを 教えてもらった。「僕も旅に出る時にはコンピュータをもって歩こうと思っているんだ」 考える事はやはり同じだ。ビール片手に旅の話やカザフの話、それにコンピュータで 最近僕が困っている事の話などであっという間に時間は過ぎていった。 このあと約束があるという彼と5時過ぎに別れるまで、時間はあっというまに 過ぎていった。

 それから僕は今日訪れようと思っていた、アルマトイの銀座、あるいは アルマトイのシャンゼリゼと呼ばれている(というか昨日の大使館の職員の方が そう紹介してくれた)ツム百貨店のあたりをうろついてみる事にした。 行ってみて、昨日バネッサに「ツム百貨店のあたりって、アルマトイのシャンゼリゼ って呼ばれているんだってさ」と言うと彼女が「失礼しちゃうわねえ」などと ちょっと怒っていた理由が理解できる。確かに銀座と言うより、小さな街の商店街 と行った方が良いんじゃないかという規模だ。ただし、雰囲気はさすがに ヨーロッパテイストの街だけあって上品ではある。その一角だけは歩行者天国 になっていて、絵描きが色彩豊かな風景画を売っていたり、似顔絵書きの男 達が暇そうに宙を見つめていたりする。あちこちのワゴンでは新聞や雑誌が売られ、 オープンエアのカフェでは人々がビールなりコーヒーなりを楽しんでいる。 噴水があちこちにあり、水が太陽の光を乱反射していた。

 


百貨店


 店といってもそれほどたくさんあるわけではない。百貨店は二つあった。 ツムのほうは一応、古い百貨店という感じではあったが、もう一方の方は 中にはいると作りが中国の「ナントカ商場」という建物の中にそっくりで、 暗い雑然とした雰囲気だった。そのほかにも欧米のブランド品ばかりを売る店が ショーウインドウをあでやかに飾っている。これらの店は何故か価格はドル表示だ。 とは言っても実際の支払いはレジに表示してあり換算レートを使っての テンゲ払いではあるのだが。
 


こんなしゃれたビルもある


 ツムの中にはあちこちに両替所があった。その中に一つだけ アメリカンエキスプレスのTCのステッカーを貼ったところが在ったので、話を きいてみたのだが、そこでのコミッションは4パーセント。これならHSBの2 パーセントの方がずっとマシだ。

 おしゃれなカフェの一つで簡単な夕食をとり、部屋に帰り、またバネッサと 情報交換をする。そしてそろそろ寝ようかという11時過ぎに、ビャンジュが やってきた。「遅いけど、ビールでも飲まないか?」と誘ってくれる。 勿論、そういう飲みの誘いは基本的には断らない事にしているので、(というか いつも誘いを待っているので)結局彼とその後近くのバーに行って深夜2時まで 盛り上がってしまった。

 出会いはいつもそこに転がっているのだ。