夏が近づくと、小学校の林間学舎を思い出します。
そして、そこに来ていた大学生のお兄さん(当時)の話が、何故だかどうにも忘れられずに残っています。
それは・・・
ある男が罪を犯して、牢屋に入れられました。
その男は、ある日牢屋の中を歩く蟻を見つけました。
「そうだ、この蟻に芸をさせてみよう」そう思った男は、
それから、その蟻に来る日も来る日も芸を教えました。
その甲斐があって、蟻は2本足で立って歩く芸ができるようになりました。
そしてとうとう、男が釈放される日がやってきました。
男は、蟻と一緒に牢屋を出ていきました。
男はあるレストランに入り、食事を注文しました。
注文した食事が出てくるまで間に、男は店の人に蟻の芸を見てもらおうと思いました。
「見てごらん、蟻が2本足で立って歩いているよ」男は店の人に声をかけました。
すると、店の人は、「申し訳ございません」と謝って、指で蟻を殺して、その場を立ち去りました。
「お話は以上です。皆さんはこのお話を聞いて、どう思われましたか?」と最後に言って、お兄さんは話を終えました。
これまでは、「どうして男は蟻の芸を自慢しようとしたのか?」「もっと違うところでできなかったのか?」・・・
といったような感想しか出てこなかったのですが、最近になって、これまでとは全く違った感想が主流になってきました。
それは・・・
蟻はこの男にとって牢屋の中にいる時には必要だったのかもしれない・・・
しかし、牢屋から出たらもう必要ではなくなったのではないか?・・・
だから、蟻がいなくなったのは、必然的だったのではないか?・・・
おそらく、男は蟻がいなくなった瞬間には目の前が真っ暗になったのではと思う。
しかし、突然蟻がいなくなったことで、いつまでも蟻を必要としていた自分を省みて、蟻に感謝して、お店の人に感謝して、
そして、前を向いて生きていくことができたのではないだろうか?
今では、そう思っています。(来年の今頃はまた違ったことを言っているかもしれませんが・・・)
Thanks (^^)/