先日、ある方の記事で見た言葉
「韓国では事故を起こすことよりも
嘘や言い訳をすることを許さない。
韓国では牧師のように生きなければならない。
常に過ちを犯さず正しく生きなければならない」
一度貼られた“レッテル”は…
例えそれが間違って貼られたとしても
「言い訳」は許されないのだろうか…
思い込みで貼られた事もあるだろうし
好き嫌いで貼られてしまった事もあるだろう
確かに彼は「言い訳」をする事もなく
全てを受け入れて来たようにも思う
彼からの“説明”を求める声さえも
彼には“言い訳”を求める声に
聞こえていたのかも知れない
国の違いで “普通”の基準が全然違う
どれくらい彼の国の事を知っているのだろう
その中での彼の悩みや苦しみを
どれだけ理解出来ていたのだろう
彼の発する日本語のメッセージを
文字のまんまに受け止めて
その中に込められた 彼の本意を
どれだけ受け止める事が出来ていたのだろう
もっと近づきたい…
実質的な距離ではなく
彼という“ひとりの人”を
もっと知りたくなりました