はじめてのバー | 天狗と河童の妖怪漫才

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妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

僕はお酒が飲めないのでバーという場所に足を踏み入れたことは人生で1度もなかった。




もちろんクラブも行ったことはない。




お酒が飲めない者にとって酒場という空間は必然的に弱者になることを意味する。




もちろん酒場じゃないとしても、バーやクラブを正しく英語表記することが出来ない者という時点で意識低い系を意味する。




何が言いたいかというと、自分の意志でバーに行くなんてことはあり得ない筈だったのだ。




大人の趣味の世界もそうだろう。




ゴルフや釣り、サバゲーやら推し活、ラーメン二郎にしても、そこにはドレスコードのような暗黙のルールがいくつも存在する。




そのような界隈には最低限のマナーというラインが引かれていて、初心者には厳しいイメージがある。




そして、その先には粋な振る舞いという正解が存在する。




僕のようなド素人は最初から粋な振る舞いをしたがるので、何をするにしても敷居が高いように思えて尻込みをすることになる。




何より、問題なのは、お酒が飲めないやつが酒場に行くことだ。




ヴィーガンの人がバーベキューに参加するような、いや、正直、バーベキュー界隈のこともよくわからない。




ビジネス的な観点からすると、初心者の参入が喜ばしいことなのだが、お酒が飲めない客というのは、お店側も迷惑だと思うのだ。




前置きが長くなった。




その日の夜、僕は行きつけのメンズエステ(アジアンエステ)でマッサージを受けていた。




ちなみに、メンズエステでのドレスコードは紙パンツである。(紙パンツの前後を逆に履くのは粋な振る舞いではない)




すると、僕のいる部屋にお店の女の子が急に入ってきたのだ。




僕にマッサージをしている女の子ではなく、前から親しくしている中国人の女の子である。




とりあえず話を聞いた。




中国人の友達の女の子と遊んでて、その友達が「日本のバーに行ってみたい」と言い出してバーに行ったと。




だけど、日本語がよくわからないから僕に今から一緒に来て欲しいとのこと。




マッサージをしている途中でしょうがぁ!と、私の中のリトル邦衛が叫びそうになった。




面倒なことには巻き込まれたくはない。




日本語が喋れるだけでバーのことは僕もわからない。



というか、僕はお酒が飲めないのだ。




負ける戦は絶対にしてはならない、これは確か偉大な中国人の軍師が書いた兵法としての鉄則である。




すると女の子は諦めて部屋から出て行った。




安心するけど、それはそれで罪悪感のような気持ちになるのが男の子ってもんである。



自分の目の前で困っている人に手を差しのべることが出来なかったと。




その親しくしている女の子にはいつもマッサージが終わった後に手料理もご馳走になっていた。




「かたじけない」という日本語が伝わるのかわからないが、それくらい日本人として申し訳ないという気持ちにはなった。



すまない、今の私はただの紙パンツおじさんなのだと。




しかし、マッサージが終わったタイミングで再び女の子が助けを求めにやって来たのである。





……どうして諦めてくれないのだろうか?




マジなんかと。




中国人がわざわざ2回もお願いしに来るということは、きっと3回目もお願いしに来ると思う。




三顧の礼という三国志の世界線である。




漫画喫茶で読むのを途中で挫折したのを覚えている。




とはいえ、困った。




女の子から助けを求められてもバーという戦場は、その地形さえも私にはわからないからだ。




まるで勝機が見えない。




普通なら断る。




間違いなく断る。




冷静な判断をするなら当然ながら断るのだ。




しかし、マッサージを終えたタイミングの私は、なぜか、賢者だったのである。




もしくは、オスのカマキリのような覚悟がそこにはあったのかもしれない。




問題のバーはメンズエステの入っているビルの同じフロアにある店だった。




あらゆる状況を想定した。




ボッタクリなのか?



無理矢理お酒を飲まされるのか?



というか、これが新手の美人局なんじゃないのか?




あらゆるモヤモヤを飲み込んで店の重い扉を開けた。




つづく