震える手 | 天狗と河童の妖怪漫才

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妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

最終日の夜勤。



Sさんから「今日は最終日なんで陽キャにやらせますので、○○さん(僕)は手元で教えてやって下さい」と。



若いやつには経験を積ませないといけないのでSさんの意見には納得する。



陽キャは高校時代の友達である陰キャの紹介で入社したのだが、先に経験のある陰キャとは5年の差があった。



陽キャの数ヶ月後に入社したゲーマーは陰キャや陽キャよりも先に資格を取得し、職長として現場も納めている。



陽キャだけが他の2人よりも遅れを取っているのは明らかだった。



作業前の段取りをしていると陽キャは「今日来たらSさんから急に言われたんですよ!」と緊張していた。



職人の世界だけの話ではないけど「まぁピンチとチャンスは同時に来るからな」と陽キャに伝えた。



もちろんそれには準備が大事なのだが、Sさんもそれを最終日にいきなり伝えるのは悪いところもある(笑)



しかし、上司や先輩は選べないので仕方ない。



それは陽キャに教える僕も同じである。



自己完結の仕事が出来る人と仕事を教える人の筋肉は違う。



陽キャも見られながら作業をするのは緊張するだろうけど、同じ条件で仕事を教える僕も緊張するのだ。



なぜ緊張するのかと言うと、元請けだろうが間違った指摘をしてきた場合には元請けの顔を潰さないニュアンスで否定しなければならないからね。



超ダルいやつじゃん(笑)



Sさんもそうだけど、状況としては陽キャに対してその場にいる全員がマウントを取りたい流れになるわけよ。



失敗を笑って自信を失わせて言うことを聞くようにしたいのかな?とか。



日頃から先輩の作業を見てないからダメなんだよ!とか、そういう着地をしたいのかな?とかね。



だとしたら僕を先生にしちゃダメだと思うわけ(笑)




この場合、誰を気持ち良くさせることが正解なの?と。




ここで重要なのは取り返しのつかないミスは僕の責任になるということ。



そういう本質的なことに思考が向いてる空気じゃなければ先生としての本質も意味がないわけでさ。



自分でも無意識だったけど、その日の僕は挨拶のトーンが大きかった。



メーカーのおっちゃんにもいつもより大きな声で挨拶して、1次会社の元請けさんには世間話をしていた。



なんだろうね、自分が仕事をするよりも教え子が仕事デビューする方が周りに気を使うわけ。



父親ってこういう感覚なのかな?とか思ってさ。




作業開始前に陽キャから質問された。



やらせてから注意できることは改善する意味があるが取り返しのつかないことだけ教えた。



「リスクを取る必要はないからな!」と、少し大きな声でその場にいる全員の前で宣言した。




この言葉を先に突き刺すことが絶対勝利には欠かせない。




リスクや責任を取らないけど文句を言うのは簡単なことで、その勢いに押された空気感でミスは起きる。



普段の通常作業ならリスクを取って得られる経験もあるが夜勤の1発勝負の作業でリスクを取る必要はない。




作業が始まると陽キャの手の震えが止まらない。



これは誰もが経験していることで見られながらの初めての作業は緊張する。



右手と左手の順番まで意識の余裕がない。



隣でSさんも作業しているがそれ以外の4人の視線が陽キャの手元に集まる。



真後ろに僕が立っているので余計な口は挟まないようにしていた。



2次会社の担当者から、こうした方がいいと注文が入る。



僕はその箇所の作業が終わるのを待った。



陽キャはどれくらいやったらいいんですかね?と作業しながら質問した。



その言葉に壁を挟んで隣で作業しているSさんが法的な回数を陽キャに教えるも即座に「そこまでやる必要はないよ」と言った。



意味がわからなかった。



法的な回数は絶対なのでそれをやる必要はないと教える意味がわからなかった。



2次会社の担当者もそれには納得がいかなかったのかちゃんと教えなきゃダメだなと言った。



すると、Sさんはその作業は試験には出ないから教える必要がないと。



ギャグのつもりなのかSさんは真面目な人なので戸惑うしかない。



その箇所を終えた陽キャに理屈を説明した。



本人はやっているつもりでも角度を変えると全くやれてない箇所があるので、そこを潰すようにと。



2次会社の担当者もそうそうそうと僕の意見に納得していた。



大半の作業が終わり、撤去した物を陽キャと捨てに行った。



戻ると2次会社の担当者が検査用の器具で陽キャに作業箇所を確認するように言った。



それは僕が陽キャにリスクを取るなと言った箇所でもある。



担当者は力加減が甘いことを陽キャに伝えた。



そもそも最終的な確認と器具による力加減の検査は担当者の仕事なので問題はない。



震える陽キャの手で力加減を求める方がよろしくない。



その様子を後ろで見ていたメーカーのおっちゃんも「次からは壊れるまでやっちゃうよ(笑)」と笑った。



その瞬間に担当者の風向きも変わる。



「壊したら在庫ないんだから勘弁してくれよ!」と。



コロナの影響で建設業界も材料が不足しているのだ。



そこから担当者の修正が入る。



「本来はこの器具でやらないといけないけど、貴方たち(職人)はやらないでしょ?だから感覚だけでも覚えて欲しいのよ」と。



だったら業界そのものと戦う覚悟はあるのかい?となる。



職人がやってるからと担当者が確認作業を省くことになるから、ちゃんと責任として元請けが確認する必要があるんだろ?と。



作業も無事に終わり、陽キャと新宿駅まで歩いた。




すげー緊張しましたよと緊張から解放され自信を得た陽キャは言った。



それは教える方も同じだと伝えた。



本質的なことしか教えられないと。



それはジジイからマウントを取られないこと。



他の会社に行っても通用すること。



「お前が○○さん(僕)から教わりましたって言ったら『○○ー!!てめえーどういう教え方してんだよ!!』って怒られるからな」と。



力加減が甘いと怒られるのと力が強すぎて壊して怒られるのは全く違うと。



丁度いい100点が取れないなら80点でいいと。



それで無事に終われば作業全体で100点で納められるけど、壊したら0点になると。




周りの意見に流された0点のリスクは誰も取らない。



自分が運転している車で後部座席から「もっとスピード出せ!」と煽られても交通事故の責任を取るのは運転手になる。



ちゃんと目的地に到着することが大切なのだ。



自信を失うことは避けなければならない。



とはいえ成長も自信も震えることに挑まなきゃいけないことを学んだのであった。