つなぎ | 天狗と河童の妖怪漫才

天狗と河童の妖怪漫才

妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

先週のある日、親しくさせて貰っている同業の社長さんから来週の土曜日に飲み会があるんだけど来ない?と誘われたので行ってきた。



基本的に僕はお酒を飲まないので飲み会には誘われても行かないのだ。



若い頃は会社の寮に住んでたので飲み会には強制参加というか、誘いを断ることはなかった。



親しい先輩から電話が掛かってきて「今、駅前の居酒屋で飲んでるんだけど来ない?」と言われたら、すぐに着替えて行く感じのフットワークの軽さはあったのだ。



イカれた彼女と付き合うようになってから僕は飲み会に行くことは禁止になった。



まぁそんなわけで友達とも疎遠になったり、携帯のアドレスも勝手に何度も消去された。



職場の飲み会も禁止されて、地方に出張しても先輩たちはご当地グルメを食べに行くのだが、僕は一人でホテルの近くにあるコンビニ弁当を買って食べていた。



ホテルの有料放送も僕の部屋だけ映らないようにフロントまで彼女と電話で通話したまま交渉しに行かされたり、とにかく クレイジーな束縛がずっと続いていたわけだ。



コンビニで立ち読みするな、テレビを見るな、職場の人間とは一切喋るなと、僕から情報を奪ってコミュニケーションの場から孤立させようと目論んでいたのだと思う。



それでも親しくなった人からの誘いを断るというのは、なんというか僕が僕ではなくなっていく感じだった。



仕事中だろうと僕の携帯のメールも着信履歴もとんでもないことになるのだ。



常にソワソワして時間ばかり気にして、とにかく急いで帰ることしか頭になかった。



そのうち誰も誘わなくなった。



実際にお酒が飲めないという理由があるからなんとか断れるけど、職場で人一倍喋っている普段の僕からすると別に飲まなくてもテンション上げれるのに何で断るんだ、と余計に付き合いの悪いやつというイメージは持たれている。



何をするにも彼女に許可を取っていたわけで、そうしないと彼女が発狂するからで、職場や先輩にも勝手に電話して先輩が完全にヒクくらいの絶叫をして周りに迷惑をかけるので会社も2回ほど辞めることになった。



なんでそこまで束縛されていたのか意味がわからない。



ここまで長く付き合うとは思ってなかったのだろうけど。



飲み会の誘いを断るようなやつがゴロツキばかりの建設業の職場で仕事を覚えながら、自分の居場所を確保するってことがどれだけ大変なことをやってきたか全く理解していないのだ。



忘年会だけは社会人として参加しないわけにはいかないのだが、店の名前や場所も調べて終わる時間まで報告することになっていた。



そうでないと職場に迷惑が掛かるのでまた辞めることになるのだ。



健康ランドみたいなところで忘年会をやることになった時も、仕事が終わってそのまま異動するので入浴後には宴会場に集まるのだが、他の人達はみんな健康ランドの浴衣みたいなのを着ているのに僕だけは私服に着替えてコートまで羽織って緊急時にはすぐに帰れる支度をしていた。



元請けの社長からは、あんたは常識知らずだと叱られたりみんなから笑われたりもした。



完全にどうかしていたのだ。



飲みの席なのに仕事中よりも緊張していて、忘年会の間も僕だけずっとソワソワしていた。



酔っ払った先輩からカラオケで1曲歌うように言われた。



彼女から忘年会でカラオケを歌うなとは言われていなかったので、これは問題ないと思った。



とはいえ、おっさんウケする曲だとかここの会社の忘年会の定番のパターンもよくわからなかった。



ただカラオケがいまいち盛り上がっていないことだけは確かだった。



僕はレミオロメンの粉雪を歌った。



冬の歌だからいいだろうと。



とにかく熱唱した。



結果的にはこれが忘年会での一番の盛り上がりになったのだった。



二次会には参加せずに逃げるように慌てて帰宅した記憶がある。



とにかくあの頃は異常だった。



さすがに社員旅行の許可は出ないので、黙って行っている。



全員参加なのに、僕だけ“彼女が行かせてくれないから”というキモい理由なんかは通用するわけがない。



僕だけお土産を買わないという痛い行動ばかりするようになるのだ。



母親の婆ちゃんが亡くなって四十九日が丁度旅行の日だったときは、断る理由として婆ちゃんには不思議な気持ちで感謝した。



だったら彼女も連れて来ちゃえばいいのに、と言われて来る感じのタイプでもない。



大人の話し合いの場では自分の意見が通用しないことも本人も自覚しているのだとは思う。



何が問題かと言うと、僕が殺されるだけならいいけど周りの人達や実家にまで迷惑は掛けられないというのが一番の理由だ。



母親からは生意気な小娘があんま調子に乗ってると、お前の彼女の実家にダンプで突っ込むからなと宣戦布告された。



うちの母親は宗教をやってるので、一線を越えた相手に対しては息子の彼女だろうが誰であろうとマジでやるタイプなのだ。



兄貴からは甥っ子に何かあったら、お前の彼女を殺すからなと言われた。



これもマジなやつなのだ。



真面目な人間がキレることが最も恐ろしいのである。



心療内科で彼女を薬漬けにすることで僕の負担が軽くなるって考え方が何か嫌だったのだ。



家族以外にも信じられる人間がこの世界には存在するのかもしれないということを相手に理解させるには少なくとも自分の10年間を捨てる覚悟が必要だということを知った。



彼女の中の優先順位にも問題がある。



彼女は自分は会社を辞めずに勤めてきたが、ようやくことの重大さというものに気が付き始めてきたのだ。



人脈も金も仕事も僕から奪ったわけだが、そんな男が自分の部下にいたら使えないという現実に直面したのだ。



部下の彼女が会社に何度も電話を掛けてきたり、上司の携帯に電話して発狂するような部下などありえないだろう。



仕事を休む理由にしても基本的には彼女は仕事を休まない。



というか、誰でもみんな仕事というのは休めないわけだけど。



猫が朝方に出産したときも彼女は出社していた。



僕は仕事を休んで産まれたばかりの赤ちゃん猫を病院に連れて行った。



猫の赤ちゃんが産まれたので仕事を休むって理由は普通はありえないだろう。



嫁の出産に立ち会えずに後悔している男の方が圧倒的に多いくらいだ。



それはサポートしてくれる医師や家族がいるから仕方なく仕事の責任感で男は働くのだ。



彼女は産まれたばかりの赤ちゃん猫を残して仕事に向かった。



確かに僕は猫の出産のときはなかなか産まれなくて朝まで起きてるから眠くてずっとウトウトしていたんだけど、そのことについてずっと最低だと言われ続けているんだけど、彼女の職場にいる女の人たちからも出産中にウトウトするのは男としてそれは最低らしいんだけどさ。



よく仕事に行けるよなって思う。



彼女が肝臓を患って入院した日も僕は仕事を休んだ。



月曜日に仕事を急に休むのは一番やっちゃいけないことだけど、僕の中での優先順位としてはお金や信頼よりも自分の中に基準があるからだ。



彼女もまさか僕が仕事を休むとは思わなかったと驚いていた。



これは別に好きとか嫌いではなく、どんなに計算しても答えの出る行動ではない。



日給月給なので休めば単純に収入が減るだけだ。



だけど、こういうことも理解してくれる人もいるってことを彼女は知らないのだ。



どんなに仕事が忙しくて休みが取れなくて喧嘩したとしても、こういう時だからこそ休むのだ。



そりゃペットを飼ったことがない人には仕事を休むことは理解されないだろうし、彼女が入院したからって自分が病気なわけではない。



仕事と私どっちが大事なの?っていう問題に対して真剣に取り組んだことはない。



どっちが大事とか考えて選択するもんではなく、そういうもんだとその場になった時に動いてるだけなのだ。



どうせ仕事を休むなら健康な時に休む方が女の言う大事なことなのかもしれないけど。



男社会も大変なのよ。



これで仕事をクビになったとしても、少なくとも自分の親だけは理解してくれるだろうと。



親に言わなくても誤解されたとしても、間違ったことはしてないと。



誰も自分のことを理解してくれる人が近くにいなくても、それはしょうがないと自分が納得できるのだ。



今日、言ったことが明日理解できる人もいれば、それが5年後だったり10年後に理解できるのかもしれない。



その時間という計算感覚が僕は麻痺してるのもある。



最初からこんだけ長く付き合うとわかってたらあそこまで束縛する必要はなかったんじゃないの?と今になって言えるのだ。



これもさ、僕から告白して付き合ったのならすぐに嫌いになって別れるだけなのよ。



こっちとしては頭に来ても寝て起きると忘れる体質というか、そういう寝起きに覚醒する持病を抱えてるからこんなことになってんだろうけど。



いちいち計算してたら無理だよね。



子供の頃に夏休みなんかはとりあえず集まって無計画で自転車を漕いでたあの感覚でここまで来ちゃってるのよ。



塾に行くやつが正解だったわけだけど。



脳みそのシワの数なら負けるけど、顔の笑いジワの数なら負けないけどね。



なんかね、久しぶりに飲み会に参加したけど凄く楽しかったのよ。



飲み会慣れしてないから、誰の主宰で誰が来るとか何も聞いてなかったのよ。



会費とかもさ。



電話で「神田で飲み会あるけど、来れますか?」って聞かれて、



「大丈夫ですよ!というか、僕が行ってもいいんすか?」って言ったら


「いいともー!!」っていう軽いノリだったからね。



そんで当日にも電話が掛かってきて「6時10分くらいに神田の東口に集合です。それじゃあ来てくれるかな?」




「いいともー!!」って、ノリのまま答えてね。



さすがに詳しいことを聞こうとしたら向こうから「お友達を紹介して貰えますか?」って言われて



これガチの話なのか戸惑ってたら



「ローラみたく“友達じゃないけど”って正直に言ってもらってもいいですよ」って言うから“いいとも”の設定なんだって思って



「え?僕、いきなり友達を紹介するんですか?せめて客席から1人を当てるやつとかないんすか?」みたいな



「ないです、ないです。告知のポスター“これ貼っといて”もないです。すぐにお友達を紹介してください」



「マジっすか!?“髪切った?”とかのやり取りもないんすか?」って




そんでようやくガチのトーンになって、「それで一応、座席が決まってるんで流れで座らないようにだけ…」



ん?席順?ってことは偉いさんでも来るのか?その偉いさん主宰の飲み会なのか?って考えてたら



「つなぎの感じでやってもらえればいいんで…」と。



つなぎ?



「つなぎ…ですか?」



「そうそう、つなぎの感じで、じゃ、よろしくお願いしま~す」



電話のあと、僕は思った。



……つなぎって、一体なんだ?



飲み会のつなぎってどんな感じなんだ?



僕の無知で誘ってくれた社長さんに失礼があってはならない。




すぐにガラケーで“飲み会”“つなぎ”で検索した。



検索して出てきた答えは


『職場の“飲み会”で後輩の女の子から恋人“つなぎ”された…』



これが続けて4件くらい出てきた。



こんなブサイクとブスの社内恋愛になんか誰も興味などない。



僕は飲み会で何を“つなぎの感じで”やればいいのか?



もしかして“うなぎ”と聞き間違えたのか?



うなぎの感じで?
違うな。
うなぎ料理の店なのか?
これも違うな。

つなぎの幹事で?

わからん。