急げ!ポンコツ。 | 天狗と河童の妖怪漫才

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妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

元海上自衛隊で車に3回轢かれた男、仕事はまるでポンコツの独身62才のWさんが大阪に住む弟さんの葬儀を終えて戻ってきた。



弟さんの容態については聞いていた。



抗がん剤治療をやめたから、いつ亡くなってもおかしくないと。



弟さんの年齢は60才なので亡くなるにはまだ若い。



Wさんもある程度の覚悟はしていると言っていた。



Wさんは金曜日と土曜日にはキャバクラに行く。



それも同伴で。



金曜日の朝礼で、現場の行程に間に合わないから今日は全員で残業をして終わらせると言われた。



朝礼後にWさんから言われた。



「オレ、ちょっと、今日、残業はできない。用事がある」



とりあえず、わかりましたと。



Wさんが残業をできないことを職長に伝えた。



Wさんと二人きりの作業になった時に、ふと思った。



そういや今日は金曜日だな?



もしや?



「Wさんって金曜日と土曜日はキャバクラに行くんですよね?」



「うん」



「同伴するんでしたよね?」



「そう」



「それで金曜日の女の子と、土曜日の女の子は違う子なんですよね?」



「そうそう」



「ちなみに今日は金曜日ですけど、同伴するんですか?」



「そうだね」



おい!!



「キャバ嬢と同伴するから今日は残業できないんですね?」



「まー、約束してるからね」



んー、確かに…急な残業だったし、約束を守ることは男として大切なことだとは思うけど…



その日はWさんは定時で帰り、僕らは残業をして仕事を終わらせた連帯感に満ちて帰宅した。



帰宅して湯船でマーメイドになっていた僕の携帯に着信があった。



9時半の着信は嫌な予感しかしない。



全裸のマーメイドは慌てて携帯の着信名を見た。



着信中【ポンコツ】♪



湯冷めしない程度のイラつきを感じながら電話に出た。



Wさん酔っ払ってんのかなぁ?



「もしもし、Wですけど、連絡あって、弟がいま心臓マッサージしてるって、それなもんでこれから大阪に、明日と月曜日は休みます」



わかりました。社長には僕から伝えておきます。と電話を切った。



僕は祖父と母方の祖母の最期を看取っているので、危篤のまま仕事を休むことへの複雑な心境は理解できる。



回復して欲しいと願いながらも仕事を休む連絡をするのは嫌な気分になる。



それが田舎や遠方となれば、喪服を持参すべきかも悩むところだ。



日曜日に社長から連絡があって弟さんが亡くなったことを知った。



Wさんもまだ辛いだろうから会社の忘年会の日程を来週末くらいに遅らせようと。



Wさんはお酒は大好きだから、その辺をうまく伝えておいてと言われた。



火曜日の夜にWさんから連絡があって木曜日から仕事に復帰すると。



それで、今日、Wさんと一緒にまた仕事をすることになった。



とはいえ、いきなり忘年会の話は切り出せない。



Wさんは両親がすでに他界しているので、肉親は一番下の弟しかいなくなった。



長男だったのかよ!!というツッコミも心情を察すると、今はまだできそうにない。



いつもより優しくポンコツを叱った。



徐々に笑える空気になってきたので、金曜日の電話の件について話してみた。



たぶん、Wさんが同伴してキャバクラで楽しんだその帰りに、弟さんの奥さんから危篤の連絡が来たと思う。



その天国からの落差は間違いなく笑いになる。



彼は車に3回も轢かれたことを、ニヤニヤと微笑みを浮かべながら真面目に語る自虐の天才である。



人生とはいつ何が起こるかわからない。



独身男の哀愁としては100点満点じゃないか。



Wさんは7時に飲み屋の女の子と待ち合わせをしていたと言った。



さすがである。



同伴の待ち合わせの場面から話すことで、いかに楽しいひとときを過ごしていたのか想像がつく。



そこからの落差を自分で笑いに変えようとしているのだ。



見上げた男である。



しかし、予想外のことをWさんは言った。



「7時に待ち合わせしてたんだけど、チッ、6時57分に電話があった」



え?まさか?



「今、心臓マッサージしてるって…」



そうか、そうか、これから同伴するっていう直前に弟さんが危篤だという、電話の方が先だったのか…



でも、目の前の女の子とこれから食事に行くタイミングで弟の危篤を聞いて、軽く舌打ちしちゃう辺りがWさんらしいけど(笑)



Wさんの感情がキャバ嬢よりになってたので、



「それはまぁ仕方ないですけど、残念でしたね…」



人生にはこういう数奇なタイミングがある。



それもまた男の哀愁である。



…と、思ったら



「でもまぁ、約束は約束だから飲みに行って…」


おい!
コラァ!!
ポンコツ!!!
ロクデナシ!!!!



危篤の弟より、目の前のキャバ嬢なのかよ!!



何が「約束は約束だから…」だよ!!



どういう感情で酒飲むわけ!?



弟、心臓マッサージしてるってよ。



いやいやいや、ダメでしょ。



女の子と一緒にご飯を食べてからキャバクラで1時間だけ酒を飲んだと。



そこの1時間で切り上げた感は、別になにも響かないからね。



そしたら弟の嫁さんから電話があって、



「お兄さん、いまどこら辺ですか?あとどれくらいで着きますか?」



「そんな急には行けない。明日の朝イチで行くから」



いやいやいや、急げよ!!



人生の中でも3本の指に入る急な場面だよ。



この土壇場で、旦那が危篤でお兄さんを頼ろうとする義理の妹に向かって



「そんな急には行けない」



テメーが、同伴してっからだろ!!



7時に連絡したのに、明日の朝イチ言われるとは思わないでしょ。



その日の晩に弟さんは亡くなったと。



まぁWさんらしいっちゃ、らしいけどね。



でも見た感じWさん本人は元気そうだったので、霊柩車には轢かれなかったみたいですね。