聖なる書物を抱いて飛べ3 | 天狗と河童の妖怪漫才

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妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

というわけで、さっそく仕事帰りの電車の中で新約聖書を読むことにしたのである。



俺を除いたほとんどの乗客はスマホやタブレットをいじっている。



そんな中で聖書を読むのである。



絶対に頭のおかしいやつだと思われている。



こんなもん詐欺師からしたら(私はカモです)と自分からネギ背負って周囲にアピールしているようなもんだ。



ズル賢い老人なら聖書を読んでる俺の座席の前に立って、十字をきる仕草で席を譲るよう姑息な圧力をかけてくるはずだ。



やっぱ、俺の理想とする展開としては、可愛いクリスチャンの女の子から逆ナンをされるパターンだろう。



そもそもこういう聖書なんて難しそうなことは女の子から教わった方が理解が早いのだ。



そんで、仲良くなって、そのお礼に夜の踏み絵ならぬ挿し絵をすることになる訳だ。



お前は悪い女だ!!



「嗚呼、私のアソコは隠れクリタン…」



お尻ペンペンの刑だ!



……ないか?



なんでこんなことになったのだろうか?と冷静に考えてみた。



この俺が聖書を読むなんて絶対におかしい。



ひょっとしてクリスマスの日に、クリスマスについてバカみたいに熱く語ったからだろうか?



そういえば彼女からも、
「お前はサンタじゃない
サタンだ」
とメールが送られてきた。



この奇妙な巡り合わせは一体なんなのか…。



そもそも、この聖書だって俺がガラケーじゃなくて、スマホだったら彼のiPhoneで見たようなサイトを閲覧するかダウンロードをするだけで済んだはずだ。



彼が俺の為にわざわざ日本語の聖書を取り寄せて職場まで持ってくる手間も掛からなかったはずなのだ。



そうすると、そこまでして聖書を渡されたこっちとしては、さすがに読まない訳にもいかなくなる。



それと、何というか、音楽配信と同じように、聖書が単なる通信上のデータとしてではなく、本という物体として手元に存在することになるのだ。



目に見える形として、ここにあるのだ。



最近はネット書籍なども当たり前になってきたが、どうもデジタルとアナログの違いというだけではないような気がする。



世界中で最も読まれた本とは何か?



それは成功者の自伝だとか経営に関する本ではなく、ハリーポッターのような物語でもない。



その答えは、聖書だという。



宗教や思想というのは何がいいのかよくわからない。



それを利用するやつもいる。



異国の地を植民地にするべく侵攻する際、先に送り込むのは兵士ではなく宣教師だと聞いたことがある。



順序としては宣教師の後に貿易を挟んでから兵士なのかもしれない。



とどのつまりがテロリズムなのだろう。



なんか読むのが怖くなってきたな…。



やっぱ、クリスチャンの女の子に膝枕してもらいながら読み聞かせてもらいたい。



そんで、そのまま眠りたい。



究極の居眠りとはこのことかもしれない。



とにかく安らかに眠りたいのだ。



よし、聖書を読もう!!



さてさて…?



ん?



マタイによる福音書?



え?誰?なに?



キリストの系図?



ああ、なるほどね。



まずは、この本の主人公であるキリストの誕生までを、その一族の一代目から紹介する感じなんだろね。



ふむふむ。



ふむふむ。



ふむふむ。



ふむふむ。



ふむ…いや、長ぇーよ!!



キリストの先祖、多すぎるだろ!



何代目までさかのぼれば気が済むんだよ。



誰が誰なんだか訳がわからない。



同じ名前のやつも出てくる。



そうでなくても帰宅途中の読書は眠くなるのよ。



まるで羊を数えてるような感覚になる。



同じ行を無限にループして読み続けているような、とにかく眠くなったので読むのをやめて眠りについた。



そんで最寄り駅に到着した俺は、なぜかパチンコを打っていたのである。



そしたら、4万勝った!



聖書すげぇ…。



正確には3万9千800円と飴玉だったけどね。



ここら辺は正直に言わないとダメだと思うのよ。



クリスチャンとしてはね。



ポケットに聖書を入れた俺は無敵かもしれない。



帰宅した後も聖書の続きを読んでみた。



読めば読むほど強くなる。



更なるパワーを求めて聖書を読むのだ。



キリストが誕生した。



ただ、その前に、気になることがあった。



キリストの母親であるマリアが処女のままで妊娠したと書いてあるのよ。



おいおいおいおい。



妊娠したってことは処女じゃないだろ?



でもマリアが処女だって思いたい理由としては、キリストの親父さんはマリアとはまだセックスをしてないということでしょ?



やってもない女から急に「出来ちゃったみたい…」とか言われてごらんよ。



瞬時に色んなことが脳裏をよぎって頭がパニックになるよね。



まず、いよいよ抱けると思ってた女が妊娠したからやれなくなちゃった訳だよ。



すげぇ楽しみにしてたんだよ。



もう仕事が手につかなくなるくらいムラムラしてたんだよ。



それが、いきなり妊娠したって…。



そんなまさか…



次に頭に浮かぶのは、もしかして…浮気か?



こいつ浮気したのか?と。



いやいやいやいや、俺のマリアがそんなことはしないと。



マリアのことを信じるわな。



童貞はそういうとこ偉いからね。



処女で妊娠したって話を信じる訳だよ。



120%嘘だけど。



それでも信じるだろうよ。



でも、喉元まで来るよね。



やっぱ、喉元まで『本当に俺の子か?』って出そうになるよね。



それらの全てをキリストの親父は呑み込んだんだろうな。



優しい男だよ。



器が大きいよ。



でも、妊娠したって聞いた時には、さすがに叫んだとは思うよ。



そりゃあ、もう200%の『オーマイ、ゴッド!!』出たよね。



翌日の職場で俺に聖書をくれた彼からちゃんと読んだのか?とジェスチャー付きで聞かれた。



読んだと答えた。



「読んだ?ナニ読んだ?」



と、本当に読んだのかを疑われた。



どう説明したらいいのかわからないので、『マリア、バージン』と答えた。



「バージン?」



『バージンロード、バージン、処女』



「あ~、バージン!!」



お前ちゃんと読んでるなと彼は納得した表情をしていた。



その日の帰りも俺は聖書を読んだ。



そしてパチンコで負けた。



その次の日もまた彼からどこまで読んだかを聞かれた。



俺は答えた。



『ストーン、チェンジ、パン』



彼は「オォ~」と嬉しそうに頷いていた。



俺は思った。



これで、ちゃんと聖書を読めていることになるのだろうか?



『マリア、バージン』



『ストーン、チェンジ、パン』



処女で妊娠したり、石をパンに変えるとか、常識ではありえないことだらけなのだ。



俺の中で聖書に対する胡散臭さが日に日に増している気がするのだ。



この教えを信じて本当に救われるのだろうか?



とても現代に通用するものではないと思われる決定的な神の教えがあった。



右の頬を殴られたら、左の頬を差し出せと言うのだ。



いや、待てと。



右の頬を殴るやつは左の頬も殴るよ。



むしろ、その態度が腹立つから右よりも強めに左を殴るよ。



これは現代では通用しない教えじゃないか?



その次の教えもどうかしてる。



下着を奪われたら、上着も差し出せと。



丸裸にされてるじゃん。



これとさっきの教えを合わせると、全裸でフルボッコにされてるからね。



壮絶なイジメじゃん。



これはちょっと無理があるだろ。



そんなやついるか?



いたよ。



十字架に張り付けにされたキリストのことか…



でも時代が違うんだよなぁ。



翌日、彼にこの教えを読んだと伝えると、「オォ~読んでるね~」と笑いながら、さっそく右の頬を殴らせろとファイティングポーズをしてきた。



こんなことで世界は救われるのだろうか?