友達の逆襲6 | 天狗と河童の妖怪漫才

天狗と河童の妖怪漫才

妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

俺は独身男なのである。



当然ながら子供はいないのである。



だけど娘がいる妄想をしたことはある。



そんで娘の結婚式の場面まで思い描くと父親としては泣きそうになる。



結婚すらしてないのに娘だけは授かりたくないと本気で思った。



友達が父親に嘘をついてまで風俗で働くという美意識が男からすると単純にムカつくのだ。



俺の中の父親像が破壊されたように気持ちになった。



親には当然ながら子供を育てる責任がある。



ただ、全ては娘のことを思っての行動なのだ。



娘の結婚に反対したり、その娘と旦那を実家に住まわせるのも同じなのだ。



娘のことが心配でたまらないからこそ、生き恥を晒してまで娘の全てを受け入れることができるのだと思う。



友達は自分の目線で見た父親しか知らないのだ。



職場で働く父親たちの姿を娘たちは知らないのだ。



娘には決して見せることのない男ってもんがそこにはある。



娘の成長を父親たちがどれだけ喜んでいるかを娘は知らないのだ。



どんだけ心配して、どんなに愛しても、嫌われてしまう時期はやってくる。



そもそも友達は肩にタトゥーを入れているのだから、父親に対する愛情を俺にいくら語っても説得力に欠けるのだ。



美意識が元からずれているのだ。



しかし、その美意識を育んだのは親であり、その責任を親として受け入れるのである。



どんなに、ノー天気な父親でも娘が夜の仕事をしてたら心配になる。



極論を言えば、ただ、娘が側にいて生きてくれてさえいればいい、という悟りの境地かもしれない。



だけど、俺は我慢がならなかった。



許せなかった。



父親たちが普段どんだけ汗を流して、頭を下げて、体をボロボロにしてまで育てた娘が何を偉そうに嘘をついてんだと。



友達は嘘をつくことや大切な人達を欺いて生きることに対して罪悪感はあるものの、俺の話に少しだけ考えてから「そんなの綺麗事でしょ!!」と俺に向かってぶちギレたのだ。



「じゃあ、その人たちが何かしてくれるわけ?」



「言ったところで、今の現状が変わるの?」



「何も変わらないでしょ?」



「私はお父さんが死ぬまで、大きな家に住まわせてあげたいの!」



「それは悪いことなの?」



「私は周りからどう思われてもいいの!」



「それなら、わざわざ言う必要がないでしょ?」


………しゃらくせぇな



さすがに俺もキレた。



お金よりも大切なものがある。



嘘をつくのはよくない。



俺の言った言葉を綺麗事だと吐き捨てるだけの根拠が、友達にはあるのだろう。



そう、友達が中学生の時に起こした事件を思い出した。



友達は喧嘩をして女の子の顔に怪我を負わせてしまった。



そのことが表沙汰にならないように親に嘘をついたのだ。



友達がその時に親に対してどう思ったかはわからない。



親に迷惑をかけたくないという子供なりの愛情もあるだろうし、親から叱られたくないという自己愛も当然あっただろう。



結果的には親にバレることはなく、自分の行動力と決断力で夜のアルバイトをして、嘘と慰謝料という金の力で物事を解決したことになる。



その時から友達は親に嘘をついて、周囲を欺いて生きてきたことになる。



ずっとそうやって生きてきたんだろ?と、俺は友達に言った。



友達から聞いた過去の話を蒸し返してまで、目の前の口喧嘩に勝ちたいという訳ではない。



友達は反論する言葉を考えているような感じで眉間にシワを寄せて黙って静かに俺を睨んでいた。



俺は友達に対して綺麗事を言い続けた。



あの時に、正直に、親に話していたら全てが違ってたんじゃないの?と。



確かに親に迷惑をかけることになるだろうし、むちゃくちゃ怒られたかもしれない。



だけど…、その先にはもっと別の未来があったはずじゃないの?と。



本当だったら…



あのとき、全てを正直に親に話してたら、その罪をちゃんと自分が背負うことで、本当だったらそこで親の有り難みを感じたりだとか、親に対する愛情だとか、相手の親に頭を下げてる自分の親を見て申し訳ないことをしたと心から後悔したんじゃないのか?



違う人生を歩んでいたかもしれない。



嘘をつくのは簡単なことだ。



お金で解決するのも簡単なことだ。



だけれど、人間というものは簡単ではない。



簡単ではないからこそ悩んだり苦しんだりもする。



でも、その先にはそれを乗り越えるだけの力や愛がある。



親をナメてはいけない。



けれど親だって人間だ。



家族の絆が試されるような試練もあるだろう。



だからこそ、家族の絆が深まり、そこに愛を感じることができるのだ。



だけど、こんな綺麗事が言えたのは、友達がお父さんのことを好きだと言う言葉を俺が信じるからだ。



そして、その中学生の時にあった出来事を友達が俺に対して正直に話してくれたからこそ、伝えることが出来る本当の未来であって、過去の過ちに対する本当の懺悔なのだ。



それでも俺の怒りはおさまらなかった。



親父さんをいますぐ連れて来いよ!と怒鳴っていた。



娘を風俗で働かせてまで老後を安泰に暮らしたい父親なんかいない。



死んだほうがマシだと。



男は死ねると。



男をナメんなと。



これを友達がどのように解釈したのか知らないが友達は急に「お父さんのことだけは悪く言わないで!!お父さんのこと悪く言う人は嫌い!!」と叫んで部屋を飛び出して行った。



……めんどくせぇ



……女って生き物はほんとめんどくせぇ



仕方がないから友達を後を追うことにした。



逃げたもん勝ちかよと腹が立った。



駅に向かう道を走ったが友達の姿はなかった。



途中の路地を曲がったのかと思ってその先に通じる道に回ってみたが友達の姿はなかった。



……超めんどくせぇし、外、超寒い。



仕方がないので部屋に戻った。



換気扇の下で煙草に火をつけようとしたけど、イライラがおさまらないので友達に電話をかけた。



あっさりすぐ出た。



出るのかよ!!



どこにいるのか聞くと川沿いを歩いてると言うので通話のまま再び寒い外に走り出した。



なんだかんだと探してやっとみつけることができた。



俺の指に煙草が挟まっているのを見て友達は「呑気に煙草なんか吸ってたんだねぇ」と嫌味を言った。



確かに吸おうとはしたけど火はついてないからまだ吸ってはないんだと説明した。



それは違うと。



そのまま走ってきたから寒さで指が固まったままなんだと。



というか、こういう時はいつもの普段の帰る道を走って行けよ!と。



こんなとこにいてもわかる訳ねえだろ!と。



どうせ過去にも喧嘩して男の部屋を飛び出して来たのだろう。



だけど、そん時も、いつもの道を通ってたら、元カレはちゃんと友達の後を追い掛けてきてくれてたかもしれないのだ。



そこで仲直りして今頃は幸せになってたかもしれないのだ。



友達は手にコンビニのコーヒーを持っていた。



お前も呑気にコーヒー飲んでんじゃねえかよ!と思った。



飲む?と言われて飲んだけど苦かった。



甘くないコーヒーは好きじゃない。



知ってるくせに。



暫く黙って川沿いを歩いた。



友達が俺に渡したコーヒーを飲むと言うので「部屋を飛び出して行ったくせに、呑気にコーヒーなんか飲んでたんだねぇ」と嫌味を言いながら渡すと「猫舌だからまだ飲んでない」と友達は返した。



猫舌なのは知ってた。



部屋に戻った。



何を話していいかわからなかった。



何を話しても伝わらないと思った。



これ以上は言われたくないから部屋を飛び出したのだ。



ずっとこうやって生きてきたのだろう。



目から涙とは呼びたくない液体が流れていた。



止まらなかった。



喋る言葉がみつからないのに、言葉が出ないのに目からはなぜか液体が出てきた。



なんかもう悔しくてたまらなかった。



俺は自分の彼女の為にあらゆるものを犠牲にしてきた。



友人を失った。



金を失った。



会社を辞めた。



暴言に耐えた。



暴力に耐えた。



最終的には入院した。



それでも女の幸せってもんがわからねえから人生を棒に振ってまで頑張ってみた。



親や兄弟にはずっと反対されてきた。



退院してまた再入院した。



二度目の退院後に実家に戻って両親に土下座をして謝った。



女を愛するのはほんとに命懸けなんだと何回もそう思って生きてきた。



友達も失いまともな娯楽さえも禁止されてきた。


脳内で天狗と河童が漫才をするようになった。



どうかしてるだろ。



この時代にPCもなくガラケーなのだ。



彼女が俺をここまで束縛した理由も少しだけわかった。



俺は友達という存在にはこういう関わり方をしてしまうからだろう。



それでも、俺としては他の女の子たちは他の男たちが幸せにしていると思っていた。



だからこそ頑張れた。



だけど違った。



自分の全てが否定されたみたいで悔しくて目から液体が止まらなかった。



友達はなんで泣いてるの?と苦笑いしていた。



お前が泣かないから俺が泣いてるんだよと説明した。



もう何が面白い返しなのかもわからなくなってた。



友達は本当はクリスマスの日は早く帰ろうとしてたと優しく語りかけてきた。



そうじゃねえよと思いながらも目から液体は止まらなかった。



友達はプレゼントのマフラーもちゃんと用意してたんだからと言った。



頭にきたから店員さんにあげちゃったけど…と。



なんであげちゃうんだよ!と思いながらも目から液体は止まらない。



誰かに渡す為に買った物を別の人にあげたら、それは貰った人が知ったら嬉しくないだろと。



それは違うんじゃねえか?と思いながらも目から液体が止まらないのだ。



友達が俺を泣かせにきてるのを俯瞰で客観的にわかってるのに、その誤解すらも悲しくて液体が止まらなくなるのだ。




伝わらないとはこんなにも無力で悲しいのだと。



仮に俺が伝えたいことを友達が理解した時には、それは地獄にいると思っていない相手に対して、ここは地獄だと教えることになるのだ。



友達とはいえ女に涙を見せるのはケツの穴を見せるよりも恥ずかしいことだ。



言葉を失った感情は体の中を駆け巡って、それはケツの穴じゃなく目から出てきやがった。



あんなに泣いたのは、いつ以来だろうか?



こんなはずじゃなかった。



でも、まぁ、友達の前なら泣いても…いいのかもしれない。



友達は友達なのだから。