8月14日東奥日報朝刊に『戦後75年あおもりの夏』の記事として掲載された。

 

 

小生の父は、15歳で予科練に志願して戦争を体験している。

 

 

鹿児島海軍飛行隊で飛行機乗りになるための予備兵。但し、訓練に使用する飛行機もない状況だったようだ。

 

 

8月はじめに取材申込が有り記者が自宅で取材。父は1年ほど前から認知症を患い要介護2、日々デイサービスに通っている。

 

 

自宅にいてもやることがないのでデイサービスに通う日々を過ごす。

 

 

日に日に記憶が消えていくようで取材も私のサポートがないとままならなかった。

 

 

忘れかけた記憶を呼び起こしながら取材に対応、これで記事になるのかと思っていたら14日朝に十和田市にいる義兄からのline連絡を受け掲載を知った。

 

 

戦争は父には忘れられない体験だ。

 

 

終戦になり鹿児島から帰省する際、原爆投下のあった焼け野原で異様な臭いのする広島市の光景が脳裏に焼き付いていると話していた。

 

 

父の戦争体験は、私の中で教訓として深く刻まれている。

 

 

戦争を語れる人も少なくなっている。

 

 

苦い体験を忘れる頃が危ないと肝に銘ずるべきだろう。