第3章


「神崎さん、なんでこんな島を勧めたんだろう」

夜になり、ビールを飲みながら考えた。

「しかもみんな成功だの死だのって話ばかりするし」

コンコン…

窓からの音だった。

「こんばんは」

窓の外に若い女性がいた。

「どなた?」

「わたし、恵子っていいます。中に入ってもいい?」

「え?ど、どうぞ」

「宿のおばさんに見つかると大変だから、窓から来ちゃった」

ちょっと可愛い感じの女の子。まだ二十歳くらいのようだ。

「この島には、知ってて来たの?」

「いや、何も知らないで来た」

「神崎さんの知り合いでしょ?」

俺はホントに島中のうわさになってるらしい。

「神崎さん、死んじゃったんだってね。」

「うん、そうだよ」

「でも、それって契約だから」

「契約??」

「そう、契約。うちのお姉ちゃんと」

「どんな契約?」

「死んじゃうのと引き換えに、成功してお金持ちにしてあげる、そして死んだら財産を全てお姉ちゃんが相続するっていう契約」

「あの…意味がよく解らないんだけど…」

「この島の女性って、不思議な能力があるの。この島の者じゃない男性と生娘の時に抱かれると、その男性は必ず成功するの。ただし、成功した後は、もう永くは生きられないの。例えは悪いけど、悪魔に魂を売るみたいな感じ。だからよそ者の男性がこの島に来ると、特に島の男は警戒するの。みんなあなたに冷たかったでしょ?」

「そんなことって…ホントにあるの?」

「ホントよ。もう何百年も前からの話。それこそなんとか時代とかの権力者たちも、若い頃、ここで生娘を抱いているらしいわ。実際、みんな早死にだったでしょ。この島って、漁師くらいしか仕事が無いのに、裕福だったでしょ?みんなその成功者が死んだあと、残った財産をもらってるからなのよ」

「じゃあ、神崎さんも…」

「神崎さんだけじゃないわ。総理大臣になった三橋卓也もそうよ。これは昔から権力者だけのあいだに伝わる、絶対の秘密なの」

「そ、総理大臣も!?」

その夜、竹中は生娘である恵子と結ばれた。死と成功の契約は成立した。

これは悪魔の契約なのか、満足のいく人生をおくって死んでいくひとつの手段なのか。ごく限られた人たちの間では、この島のことを“身売り島”と呼んでいるらしい。身と魂とを代金に、成功を収める。次の日、竹中は東京にもどった。港を出る時、見送った者は誰もいなかった。

 第2章



「美人薄命とは言うけれど、男も成功すると早死になのかな」

葬儀のなか、先日の神崎氏の思いつめた表情が目に浮かんだ。

遺品となってしまった1枚の写真。小笠原って言ってたけど、小笠原にも島はいっぱいあるからなぁ。漁港のような所で撮ったみたいだけど、どこだろう。

神崎氏の謎解きみたいな言葉にちょっと興味があった。

「ちょっと行ってみるか」

休暇をとるのに課長とひと悶着あったが、まあ、有給がまだあったので、なんとか出かけられることができた。

 目的地は意外とあっさりわかった。島の名は三瓜島。船員さんに見せたら一発で教えてくれた。ただ、「この島の人はよそ者を嫌いますよ。特に男性一人の方は」とのこと。

「そんなんでリラックス効果なんてあるのかな」

船にゆられて約5時間、目的地に着いた。

この島で降りたのは竹中ともう一人、老人の女性。うさんくさい目で竹中を見ていた。うさんくさい目はその老婆だけではなかった。港にいた島の人間の全てが、同じ目で竹中を見ていた。

「感じ悪い島だなぁ」

しかし、周りを見渡すと、およそ田舎の島には似つかわしくない立派な家が何軒も建っていた。

「漁師ってこんなに儲かるのかな」

まあ、まずは宿探し。島の人に聞いてみると、この島に宿は1件しかないらしい。まあ、小さな島だし、およそ観光地にもならない風景なので、しょうがないか。宿に着くと、おかみさん、「お客さん、一人かい?何しに来たんだい?」

おいおい、そんな言い方はないだろうと思いながら「知り合いに紹介されて、ちょっとリラックスしにきたんですよ」と答えた。「ほんとにそれだけかい?」船員さんが言ってた通りだ。思い切りうさんくさく思われてるらしい。

「ほんとにそれだけですよ」

「知り合いって誰だい?」

「神崎という人です」

「神崎?ああ、覚えているよ。あいつ、まだ生きてるのかい?」

「いえ、先日亡くなりました」

「だろうね」

「は!?」

「あんた、長生きしたけりゃ、早くお帰り」

「は、はぁ…」

なんて島に来たんだ、リラックス効果なんて、ぜんぜんないじゃん。

ちょっと島を散策してみた。ホントに豪邸が多い。公共施設も充実してる。

ただ、道を歩いていても、島民にはほとんど会わなかった。

「この島の人はどこにいるんだ?」

ふと、前から初老の男性が近づいてきた。

「あんたかい?今日来たよそ者って」

どうやら俺のことがうわさになってるらしい。

「そうですね」

「何しに来た?」

また聞かれた。

「まあ、観光です」

「この島には観光なんかできるところは無いぞ」

「いや、知り合いが薦めてくれたので…」

「神崎か?」

「はぁ、よくご存知で」

「ひとつ教えといてやる。夜は外にでるな。」

「なぜですか?」

「なんででもいい。とにかく夜は宿にいろ。あと、あんまりこの島に長居はするな、じゃあな」

「はぁ…」

なんかとことん歓迎されていないらしい。宿に戻ろう。

「あの…僕がこの島にいるのって、迷惑なんですか?」

宿の女将に聞いてみた。

「誰かに言われたのかい?」

「なんか初老の男性に…」

「あんた、神崎に何か教えられなかったのかい?」

「いや、別に…」

「あんた、野心家かい?」

「まあ、成功はしてみたいですけど」

「どれくらいの成功だい?」

「まあ、人に認められるくらいは…」

「総理大臣とかになりたいとか思ってる?」

「いや、そこまでは考えてないです」

「命と成功はどっちが大事だい?」

「う…ん…難しい質問ですね」

「あんた、身を犠牲にしても、成功したいかい?」

「どんな犠牲ですか?」

「死、だよ」

「死ぬのは、ちょっと…」

「じゃあ、早くお帰り」

もうやだ、帰ろう。

「じゃあ、明日帰ります」

「そうしておくれ」


身売り島

影郎



 第1章


内閣総理大臣、三橋卓也氏がお亡くなりになりました。三十五歳の若さでした…

 「今日は朝からこのニュースばかりだな。そりゃそうだろう。

史上最年少の三十四歳で総理大臣なんかになっちゃった人だもんな。

同い年の俺とは大違いだ」

 寝癖のついた髪をぼりぼりとかきながら、竹中はテレビに見入っていた。

 三橋卓也、享年三十五歳。二十八歳で衆議院議員に初当選し、瞬く間に総理大臣の座まで登りつめた男。時代の寵児としてもてはやされ、これからの日本に夢を持たせてくれた、稀有の人物。それが総理になって1年もたたないうちの飛行機事故で逝った。

 「人生ってわかんないもんだよな。いくら出世したからって、こんな早く死んじまっちゃあな。まあ、俺には関係ないけど」

 しがない電子部品会社のヒラ営業マンである竹中には、雲の上の話としか思えなかった。

 「さあ、そろそろ仕事に行くか」



 朝の通勤電車は相変わらずの混み具合。新聞を折り曲げて器用に読んでる人、寝てる人、ただ外を見つめてる人…。でも、電車の中の光景って不思議だよな。普通の人も、それなりの地位にある人も、みんな同じに見えて区別がつかない。ある意味、平等な空間。竹中にはそれがなんとなく心地よかった。

「さてと、今日はIT会社の社長さんに会うんだよな」

会社に着いて、朝礼して、竹中はまた電車に乗った。

「今日の社長さんも、俺と同じくらいの歳だって言ってたな。やっぱ日本人にも人種があるのかなぁ」

なんとなくいじけ気味になりながら、六本木ヒルズにあるお客の事務所に入った。受付を終えると、ちょっと美人系の事務員さんに、社長室を案内された。

「失礼します。佐藤電子の竹中です。今回はお忙しいなか、時間を作っていただいて、恐縮です」

挨拶を終えて顔を上げると、ラフなノーネクタイの社長が、ちょっと沈み気味の顔で座っていた。

「こちらこそご足労していただいて、ありがとうございます。私が代表の神崎です」

型道理の挨拶が終わり、さて本題に…と思ったら、社長さん、唐突に

「三橋総理が亡くなりましたね。私もあの人と同い年なんですよ。なんか他人事に思えません」

やっぱりこの話がでたか…

「実は私も同い年なんですよ。神崎さんもすごいですね、この歳でナンバーワンベンチャー企業の社長さんをやられてらっしゃる。僕なんかはぺーぺーのしがない営業です」

ふいに神崎氏が質問してきた。

「竹中さんは、人生、成功するのと、長生きするのでは、どちらがいいですか?」

「はぁ…やっぱり成功した方がいいですね。正直、神崎さんが羨ましいです」

「成功の方がいいですか…でも死んでしまっては、何にもなりませんからね…」

神崎さんは、どことなく思いつめた様子だった。ちょっと話題を変えるか。

「ご旅行が好きなんですか?こちらに沢山の写真を飾ってらっしゃる」

「あ、これね。まあ、旅行というか、なんというか…」

「海がきれいですね。どの辺に行かれたんですか?」

「これは小笠原です。小さな島ですけどね。ちょっと用事があったので行ったんです」

何かを考えこみながら、神崎氏は写真を見つめていた。

「あ、すっかり話が脱線してしまいましたね。仕事の話に戻りましょう」

約1時間ほどで商談をすませ、竹中が席を立とうとすると、神崎氏は、

「さっき、長生きよりも成功した方がいいっておっしゃいましたね。よかったらこの写真の場所に行ってみませんか?何かつかめるかも知れないですよ。竹中さんは、本気を出せばやれる人に見えますんで。この写真、差し上げます」

「何かって…この島で、ですか?」

「はい、まあ、リラックス効果はありますね」

ちょっと笑いながら、神崎氏は出口に案内してくれた。

それから1週間後だった。神崎氏の訃報を聞いたのは。