昼間だけ 戻れる街で 人もなく それでも庭に クロッカス咲く
(南相馬市小高区にて 2013年4月)
6月17日(月)AM0:55から TBSテレビ 報道の魂「故郷を奪われて・・・・・・ 小高からの報告」を見ました。
南相馬市小高区の荒木清一さん(福島第一原発で働きながら農業を営む兼業農家)の被災から二年を追ったルポルタージュ。今年(2013年)3月11日に母親と一緒に、津波で亡くした奥さんのお墓参りから始まる。2011年5月、初めての一時帰宅、住んでいた家は跡形なく、トラクターとコンバインの残骸のみ。一時帰宅は先行きに大きな不安を残す結果となった。6月に他県へ避難していた母親が戻り、南相馬市鹿島区の仮設で暮らすことになった。10月に母親が初めての一時帰宅、二人の「悔しいなぁ」の声が心に響く。1年が過ぎても何も変わらないふるさとの状況に、戻る事への迷いと亡くなった家族や先祖に対しても戻らねばとの葛藤。そして、戻れない現実の中で、隣の原町区(南相馬市)に新しい土地を求めることを決意した荒木さん。市が造成する場所の中で、小高にもっとも近く海が見える場所だ。何としてもふるさとに戻りたいとの願いが叶わないまま、新たな1歩を踏み出そうとしてる荒木さんの「ふるさと出て行くわけだから、その気持ちになればこれからだって、何でもできる!」との言葉で締めくくられていた。
私は、今年(2013年)の4月に福島(相馬市、南相馬市、浪江町)に行ってきました。南相馬市は平成の大合併で、原町市・相馬郡小高町・相馬郡鹿島町の3つが合併してできたまちです。浪江町は、全町が避難指示区域に指定され、今もなお全町民が県内外に避難しています。今年の4月1日に区域再編がされ、立ち入りが可能になりましたが、市街地、沿岸部に立ち入るには通行証が必要とのことでした。
(福島第一原発から5kmの地点)
しまむらも パチンコ店も そのままに 人の住まない 街に佇む
(福島県南相馬市と通るバスの中から 2013年4月)
途中でとおった街並みには、パチンコやさんやラーメンやさん、結婚式場があり、ごく普通の商店街。ただ、違うのは人が住んでいないだけ。テレビや新聞のニュースで知っていたこととはいえ、深刻な現実に言葉を失いました。
田の上に 底曳き網の 船が乗り 遠く離れた 海の傷跡
(福島県浪江町請戸港近くの田畑の上で 2013年4月)
請戸港(浪江町)からは福島第一原発の建物の白い屋根と煙突が見えました。
(福島県浪江町請戸港近く)

